天暦てんりゃく)” の例文
その上、素朴な一般武士の頭には、延喜天暦てんりゃくの昔に還らんとする、難しい王政復古の思想など、本当に理解される訳はないのである。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
……のみならず、こんな皇室の在り方も正し、王政を延喜えんぎ天暦てんりゃくの古制にかえして、鎌倉のごとき醜武者しこむしゃの府は、これを一そうせねばならぬ
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さよう、今年すなわち慶応の三年は皇紀二千五百二十年じゃによって、今より千年の昔は——さよう——延喜えんぎ天暦てんりゃくの頃になり申すかな」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「されば、世を王朝の昔にかえさんとの叡慮えいりょも御無理ではございませんが、いかんせん、世は変ッて、延喜えんぎ天暦てんりゃくのむかしの比ではありませぬ」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
延喜えんぎ天暦てんりゃくのむかしにかえすというご理想も、当時の世でこそ、万民謳歌の美しい統治の実を結んだでしょうが、今日の土壌では民ぐさの生活なりわいがまるでちがいます。
これからは、頼朝や北条幕府のごときものは絶対につくらず、万機、天皇の直裁とし、遠い延喜えんぎ天暦てんりゃくの制に復古する以上、もっと積極的に、後世の新例をどしどし立てて行くべきである、と。
事のおこりはこの建武元年の正月、天暦てんりゃくいらい荒廃のままとなっている