口腔くち)” の例文
そして例の舌と鬚をもつた怖ろしげなかしらが、恰度音吉とわたしが向き合つて酒などを酌み交す囲炉裡の真上に赤い口腔くちをあけてゐた。
山峡の凧 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
現に、口腔くちの中に残っている果肉の噛滓かみかすからも、多量の物が発見されているし、何より不思議な事には、それが、最初口に入れた一房にあったのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ぐらっと、内匠頭は、こめかみに焼鏝やきごてを当てたようなめまいを感じた。口腔くちの渇いているせいか、声が、かすれていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
納骨所に発生わいて、あの糜爛びらんした屍体を喰っている奴で、何とも形容の出来ない厭な生物いきものの一つだが、此奴こいつが今女の口腔くちから飛びだすと、微かな羽音を立てながら
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
思はぬ眼近にオリオンの星を見出したのでパトリツクが雀躍しながら駆け寄つた時に竜はいきなり火焔の洞窟と見紛ふ口腔くちを開けて迫つた。
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
さいしょ、口腔くちに固形酒精アルコールをいれて、それに火をつけた。まもなく火が脳のほうへまわって眼球が燃えだした。ごうっと、二つのあながオレンジ色の火を吹きはじめた。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
どうなることかと、満堂の人々はえいをさまし、口腔くちの乾く思いをじっと抱いていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何ともわからぬ一種の音——蜂の巣のそばで聞く羽音のような音がした——と思っているうちに死人のくろずんだ口腔くちうちから、羽のぎらぎら光った大きな青蠅が一匹、ついと飛びだした。
青蠅 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
私は、槍をどうと地に突き、毛靴の脚どりに豪胆な留意を注ぎ、進路を、面あての口腔くちから仁王門の森に定めて、きらびやかな突風に逆つた。
鬼の門 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
それからブドウ酒の壜を取りあげて、彼の口へ向けると、彼はヒヽヽヽヽと嗤ふが如き陰気な声をあげて大きな口腔くちを天井へ向けてあんぐりと開いた。
崖の上に私達の狼犬ゼフアラスが現れて、空に向つて口腔くちを開けてゐたが、やがて飼主を発見すると、ほんとうの狼のやうに猛々しく落葉を蹴散らせながら、汀を目がけて駈け降りた。
ダニューヴの花嫁 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
いたずらに口腔くちばかりが歌のかたちに開閉するばかりで決してそれに音声が伴わないではないか。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
メイ子は飛びあがつて七郎丸の口腔くちを両手で閉した。
酒盗人 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
兵野は吃驚りして、慌てゝ堀田の口腔くちを塞いだ。
露路の友 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)