亜鉛葺トタンぶき)” の例文
夕方芭蕉ばしょうに落ちた響はもう聞こえない代りに、亜鉛葺トタンぶきひさしにあたる音が、非常に淋しくて悲しい点滴てんてきを彼女の耳に絶えず送った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
診察室の西南にしみなみに新しく建て増した亜鉛葺トタンぶきの調剤室と、その向うに古いなつめの木の下に建ててある同じ亜鉛葺の車小屋との間の一坪ばかりの土地に
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
分室へ通う廊下のあたりは、亜鉛葺トタンぶきの屋根にそそぐ雨が寂しい思を与えた。看護婦室の前で年をとった看護婦に逢ったきり、他には誰にも逢わなかった。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この橋の上に杖をとどめて見ると、亜鉛葺トタンぶきの汚い二階建の人家が、両岸から濁水をさしばさみ、その窓々から襤褸ぼろきれをひるがえしながら幾町となく立ちつづいている。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
今までいた飯倉の烟草屋の二階では、障子しょうじをあけると目の下の神谷町かみやちょうから西久保へかけて亜鉛葺トタンぶきの屋根の照返しが強く、息のつまるおもいをしたのに比べると、かごから逃げた小鳥の気持だった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
あの枯木林の中の亜鉛葺トタンぶきの一軒屋の中で、いつもの通りに自炊の後始末をして、野良のら犬が這入はいらないようにチャント戸締りをして、ここまで出かけて来たことは来たに相違ないのだが、しかし
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)