“げんえん”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
元琰25.0%
嫌厭25.0%
幻焔25.0%
玄淵25.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
多紀安琢(あんたく)もまたこの年一月四日に五十三歳で歿した。名は元琰(げんえん)、号は雲従(うんじゅう)であった。その後を襲いだのが上総国(かずさのくに)夷隅郡(いすみごおり)総元村(そうもとむら)に現存している次男晴之助(せいのすけ)さんである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そして、近頃(ちかごろ)はだいぶ技法(ぎはふ)にも自信(じしん)を得(え)て來(き)たが、運(うん)に左右(さいう)されてしまふ或(あ)る境地(きやうち)だけはどうにも仕方(しかた)がなく、時(とき)にあまりに衰運(すゐうん)に沈湎(ちんめん)させられると、ちよつと麻雀(マアジヤン)にも嫌厭(げんえん)たるものを感(かん)じる。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
心は幻焔(げんえん)のごとくただ名字のみあり、これを名づけて心となす。たまたまそれありというも色質を見ず、たまたまそれなしというも、また慮想を起こす。有無を
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
医を今大路(いまおおじ)侍従道三(どうさん)玄淵(げんえん)に学び、元禄十七年三月十二日に江戸で津軽越中守(えっちゅうのかみ)信政(のぶまさ)に召し抱えられて、擬作金(ぎさくきん)三枚十人扶持を受けた。元禄十七年は宝永(ほうえい)と改元せられた年である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)