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今大路
ふりがな文庫
“今大路”のいろいろな読み方と例文
読み方
割合
いまおおじ
66.7%
いまおほぢ
33.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
いまおおじ
(逆引き)
医を
今大路
(
いまおおじ
)
侍従
道三
(
どうさん
)
玄淵
(
げんえん
)
に学び、元禄十七年三月十二日に江戸で津軽
越中守
(
えっちゅうのかみ
)
信政
(
のぶまさ
)
に召し抱えられて、
擬作金
(
ぎさくきん
)
三枚十人扶持を受けた。元禄十七年は
宝永
(
ほうえい
)
と改元せられた年である。
渋江抽斎
(新字新仮名)
/
森鴎外
(著)
久能の出入り先で
今大路
(
いまおおじ
)
という
堂上方
(
どうじょうがた
)
の家に
綾姫
(
あやひめ
)
という小鼓に堪能な美人がいた。
あやかしの鼓
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
今大路(いまおおじ)の例文をもっと
(2作品)
見る
いまおほぢ
(逆引き)
そして其陰陽五行説の本づく所は素問霊枢である。此書が明の
虞博
(
ぐはく
)
の著した医学正伝と共に舶載せられた時、
今大路
(
いまおほぢ
)
一
渓
(
けい
)
は正伝を取り、
古林見宜
(
ふるばやしけんぎ
)
は入門を取つた。
伊沢蘭軒
(新字旧仮名)
/
森鴎外
(著)
今大路(いまおほぢ)の例文をもっと
(1作品)
見る
“今大路”の解説
今大路(いまおおじ)は、鎌倉幕府による都市計画の中核を成す「六大路」の一つで、『吾妻鏡』に記されている武蔵大路の一部かと思われる。若宮大路の西側を併走する南北の基幹大路であった。亀が谷坂切通しや化粧坂切通しを越えて扇ガ谷に入る街道は、寿福寺門前で「窟小路」と接続していた。これをそのまま南行させ、裁許橋の先で「大町大路」、六地蔵前で「車大路」を横切り、由比ガ浜に至る大路としたものと考えられる。
(出典:Wikipedia)
今
常用漢字
小2
部首:⼈
4画
大
常用漢字
小1
部首:⼤
3画
路
常用漢字
小3
部首:⾜
13画
“今”で始まる語句
今日
今
今朝
今度
今宵
今夜
今年
今更
今生
今時