足袋たび)” の例文
「勘兵衛の足袋たびの底はどうなんです。わざわざ自分の赤い扱帯しごきで殺して、死骸の雪駄せったを片っ方だけ自分の家へ持って来たんですかい」
長岡家に養われてからは、なり振りも小綺麗に、前髪もきちんとって、伊織は、奉公人らしくなく、足袋たびまで白いのを穿いていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足袋たび穿かぬあしかふさめかはのやうにばり/\とひゞだらけにつてる。かれはまだらぬ茶釜ちやがまんでしきりにめし掻込かつこんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
足袋たびもゆるされずに素裸足すはだしでいなければならなかったことなどを聞かれて、ふしぎな夢もの語りのようにも思われたようでした。
足袋たび草鞋わらじぎすてて、出迎う二人ふたりにちょっと会釈しながら、廊下に上りて来し二十三四の洋服の男、提燈ちょうちん持ちし若い者を見返りて
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
生憎あいにくそんなものは持合せていないので、まあ我慢することにして——足袋たび穿き、手袋をはめ——天井裏は、皆荒削あらけずりの木材ばかりで
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
奥様から頂いて穿いた古足袋たびの爪先も冷くなって、鼻の息も白く見えるようになれば、北向の日蔭は雪も溶けずに凍る程のお寒さ。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
遍路のはいている護謨底ごむそこ足袋たびめると「どうしまして、これは草鞋わらじよりか倍も草臥くたびれる。ただ草鞋では金がってかないましねえから」
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
足袋たびをはいた足のいかつい線も打ちこわしである。しかし豊国などはその以後のものに比べればまだまだいいほうかもしれない。
浮世絵の曲線 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼自身ですら、こうして下着や足袋たびの面倒までも見てもらっている自分を顧みれば、これでどうして夫婦でないのかと云うような気がする。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
貧家に育てられたらしい娘は、わたくしよりも悪い天気や時候には馴れていて、手早くすそをまくり上げ足駄あしだを片手に足袋たびはだしになった。
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ふと箒の先に思わぬ力がはいって折りから掃きためてあった塵埃ごみが飛んで、ちょうど前を歩いていた人の裾から足袋たびへしたたかかかった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
子供のときから何かといえば跣足はだしになりたがった。冬でも足袋たびをはかず、夏はむろん、洗濯せんたくなどするときはきまっていそいそと下駄をぬいだ。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
せんの女房は九文の足袋たびをはく女でした。私の腕の中にはいってしまう女でした。子供はもう猫の子のようになついています。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
短い破れたはかまには、雪がかかって湿れている。——足には足袋たび穿かずに、指は赤く海老のように凍えていた。翁は、おごそかに
(新字新仮名) / 小川未明(著)
衣類きものより足袋たびく。江戸えどではをんな素足すあしであつた。のしなやかさと、やはらかさと、かたちさを、春信はるのぶ哥麿うたまろ誰々たれ/\にもるがい。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
足袋たびをはきかえ、帯のゆるみをなおしてから、荷物を一通り片づけて、さて気持を落ちつけるために、壁際にあるソファに、腰をおろした。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼も頤紐をかけ、足には靴下を脱いで、その代りに古足袋たびを履いていた。それは捕物の際、畳の上で滑らないためらしかった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こちらが頭を下げると同時に彼は満足な足をあげて、足袋たびの上に加えた。この人は足袋の穴に拘泥していたのである。……
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
地しばりやおおばこなど、葉末に露をたたえた雑草をはだし足袋たびに蹴立てて歩いて行った。白い川面かわもがとおくまで光っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その翌、翌日、まえの日の賤民とはちがって、これは又、帝国ホテルの食堂、本麻の蚊がすり、ろのはかま、白足袋たびの、まごうかたなき、太宰治。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
東風こち すみれ ちょう あぶ 蜂 孑孑ぼうふら 蝸牛かたつむり 水馬みずすまし 豉虫まいまいむし 蜘子くものこ のみ  撫子なでしこ 扇 燈籠とうろう 草花 火鉢 炬燵こたつ 足袋たび 冬のはえ 埋火うずみび
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
答えると一緒に、奈世は夏でも脱がぬ白足袋たびをぬぎにかかり、うつ伏せになったわしのあしのうらに上手に両足で乗って、交互にゆっくりと踏み始める。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
その下につつましく潜んで消えるほど薄い紫色の足袋たび(こういう色足袋は葉子がくふうし出した新しい試みの一つだった)
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
翌日道子はアンダーシャツにパンツを穿き、その上に着物を着て隠し、汚れ足袋たびも新聞紙にくるんで家を出ようとした。
快走 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
脚絆きゃはん足袋たび草鞋わらじ菅笠すげがさは背中に、武士ではないがマンザラ町人でもない——手に四尺五寸ほどあるかしで出来た金剛杖こんごうづえまがいのものをついていました。
須山が帰るときに、母親はあわせ襦袢じゅばんや猿又や足袋たびを渡し、それから彼に帰るのを少し待って貰って、台所の方へ行った。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
そんな物を探しているうち偶然に、机の前に投出してある女の足袋たびを踏付けると、かかとの処が馬鹿に固いのに気が付いた。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は、その全収入を菓子屋に奉公するために、仕事着は、二着っきり、靴はなく、どんな寒い時もゴム裏足袋たびの、バリバリ凍ったのをはいていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
と、次郎は目をふせたが、その視線の中には、白い足袋たびをはいた道江の足がはっきりかんでいた。かれは、あわてたようにそれから眼をそらし
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼は一つの包みを持ち、紺飛白かすりの着物に羽織も着ず、足袋たびもはかずに、ヒビの切れた足にほお下駄げたをはいていた。
そんなら土地の人たちは、草鞋に何を穿くかと気を付けて見ると、多くは素足であり、しからざれば足袋たびとも呼ぶあたわざるものを縛り付けている。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
親知らず、子知らずの険所を越える時などは、岩かどでお足をおけがなされて、足袋たびはあかく血がにじみましてな。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
かれらは大抵たいていさるまたの上にへこ帯をきりきりと巻き、結び玉を後ろへたれていた、かれらのはいてるのは車夫のゴム足袋たびもあれば兵隊の古靴もある。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
矢野はおっくうそうに物をいいながら、はかまの腰なる手ぬぐいをぬき、足袋たびのほこりをはたいて上へあがった。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
足袋たび藁靴わらぐつを足に用いるのは言うを俟たない。足袋にはしばしば美しい刺子さしこをする。藁靴の出来も形もまたいい。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
佐野屋は、二丁目の海老屋とともに日本で高級足袋たびを造る数軒の一つである。ここの足袋をはいたらよその足袋ははけないといっても過言にはなるまい。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
『叔父さんあっちは大変寒いところだというじゃアありませんか』とお常は自分の足袋たびの底を刺しながら言いぬ。
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
五百は髪飾から足袋たび下駄げたまで、一切そろえて贈った。それでも当分のうちは、何かないものがあると、蔵から物を出すように、勝は五百の所へもらいに来た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
全山殆ど岩石の途で、足袋たび裸足はだしとなった自分は足の裏の痛いことおびただしい。M氏はどこまでも駒下駄を脱がない。
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
フヽヽ桟留縞さんとめじま布子ぬのこに、それでい、はかま白桟しろざん御本手縞ごほんてじまか、へんな姿だ、ハヽヽ、のう足袋たびだけ新しいのを持たしてやれ。弥「ぢやアつてまゐります。 ...
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「正坊もお父さんがつれて行つてやるからなう、母ちやんに足袋たびをはかして貰つてなう、帽子も冠つて……。」
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
現在の堺筋さかいすじほとん上海シャンハイの如くであるがその島之内に私の生れる以前からぶら下っている足袋たびの看板が一つ、そしてその家は昔のままの姿で一軒残っている。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「ふむ、そうか。それはいけないねえ」と、いいつつまたお宮の頭髪から足袋たびのさきまでじろじろ見まわした。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼は大急ぎで下りて、庭に乾してあった仕事着やはだし足袋たびを取り入れた。帰って北の窓をあけると、つらが冷やりとした。北の空は一面鼠色になって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
しかし私は麻工場にかえされて座蒲団に坐るようになったので、霜焼けの足はすぐに癒えた。また、麻工にかえった日に丁度その冬最初の足袋たびの給与もあった。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
足袋たび股引もゝひき支度したくながらに答へたるに人々ひと/\そのしをらしきを感じ合ひしがしをらしとはもと此世このよのものにあらずしをらしきがゆゑ此男このをとこ此世このよ車夫しやふとは落ちしなるべし。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
素足すあしも、野暮な足袋たびほしき、寒さもつらや」といいながら、江戸芸者は冬も素足をならいとした。粋者すいしゃの間にはそれを真似まねて足袋をかない者も多かったという。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
くらくなった空を仰いで、M君は、あれが北斗だろうという。わらがとれてから、草鞋と足袋たびとの間にはさまる雪のたまになやまされる。ついに足袋のひもがずれる。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
往事の書生が、なるべく外貌がいぼうを粗暴にし、衣はなるべく短くし、かみはなるべくくしけずらず、足はなるべく足袋たび穿かなかったような、粗暴の風采ふうさいはなさぬ人が多かろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)