ほど)” の例文
盲目的な閃光せんこうが、やたらに、前の空を斬った。ぎりぎりと、歯ぎしりを鳴らして、足と喉の束縛を、ふりほどこうとしてもがくのだった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は遠くで赤子の泣き声のしている夢を見て眼がめた。すると、傍で姪がもつれた糸をほどくように両手を動かしながら泣いていた。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
云いながら素早く山吹の手をギュッと握ったが、そこは初心うぶの娘である。「あれ!」と仰山ぎょうさんな金切り声を上げ握られた手を振りほどいた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「成程な……」と客人は一寸考へるやうな眼色を見せたが、暫くすると、徐々そろ/\荷物をほどいて、なかから立派な払子ほつすを取り出した。
ひとりの縄の結び目をほかの一人が噛んでほどいて、どうにか斯うにか二人とも自由のからだになって、そこを抜け出しました。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その時に成っても、堅く結ばれた節子の口はまだそう容易たやすほどけて来そうも無かった。彼女は思うことの十が一をも岸本に語り得なかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
さすがにかくしきれもせずに、をつとがてれくさ顏附かほつきでその壁掛かべかけつつみをほどくと、あんでうつま非難ひなんけながらさうつた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
一度、しかとしめてこまぬいた腕をほどいて、やや震える手さきを、小鬢こびんそっと触れると、喟然きぜんとしておもてを暗うしたのであった。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玄関前に、此間このあひだ引越のときにほどいた菰包こもづゝみ藁屑わらくづがまだこぼれてゐた。座敷ざしきとほると、平岡は机のまへすはつて、なが手紙てがみけてゐる所であつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
蹲の向うの山茶花さざんかの枝から、雀が一羽飛び下りて、蹲の水を飲む。この不思議な雀が純一の結ぼれた舌をほどいた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
じゃア手前てまえ荷物をあらためさしてるまいものでもないが、つゝみほどいて中の荷物が相違致すと余儀なく手前の首を切らなければならん、武士の荷物を撿め
しばらくすると、シイカは想いだしたように、卓子テーブルの上の紙包みをほどいた。その中から、美しい白耳義ベルギー産の切子硝子カットグラスの菓子鉢を取りだした。それを高く捧げてみた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
「この人は何を持つてゐやはるんやなア、ほところ(懷中)ふくらかして。」と、お駒は竹丸の附け紐をほどきながら言つて、懷中ふところを押さへてゐる兩手を引き退けると
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
と、公は逆上している彼の耳元で二三度大音にばわりながら、夫人のえりつかんでいる彼の左の手を振りほどくと、夫人をかばうようにして夫婦の間へ割って這入った。
働くものは弱い体をってはいられません。また不親切な心を有ってもいけません。じきにこわれたり破れたりげたりほどけたりするようなものでは役に立ちません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
見たとおり下方の紐を引っ張ると、結び目がしだいに下っていく。けれども、結び目に挾まっている物体が外れると、紐はピインとほどけて一本になってしまうのだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
同僚らしいあとの四人は肩組もほどいてしまって、あきれて物珍らしい顔つきで加奈江たちを取巻いた。
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と言ふと、ばら/\と人がちにかゝつた様な気勢けはひが為たので、自分は友の留めるのをも振りほどいて、急いで次の間の、少し戸の明いて居る処へ行つて、そつと覗いた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
彼等はお互に縄をほどき合って、その鍵でドアをあけて、見張りの刑事を突飛ばして逃げ出したのだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ともかくそうこうするうちに親父は仕入れを済ませて帰ってまいりましたが、親父が帰ってまいりますれば、東京から買い付けてきた品の荷ほどきもしなければなりません。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
田崎は万一逃げられると残念だから、穴の口元へ罠か其れでなくば火薬を仕掛しかけろ。ところが、鳶の清五郎が、組んで居た腕をほどいて、かしげる首と共に、難題を持出した。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
「ぢや、早くお支度なさいまし。」ほどき物を、掻きやつて、妻は、甲斐々々しく立ち上つた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
秋子は堤草どてくさに身体をすりつけるようにして小さくなり顔を伏せるのだった。貞吉はあわてて彼女の手をほどいた。直通列車がすさまじい速力で囂々ごうごうと二人の頭の上を過ぎて行った。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
みのるは其れり何も云はずにゐた。默つてゐる男が今どんな夢の中にその心のすべてをほどかしてゐるのだらうかと云ふ事を考へながら、みのるはいつまでも默つて歩いてゐた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
里親ヌウリツスは此街に住んで居ます。この荷物パツケほどきませう、みんなモン・プツテイに持つて来たんですよ。十七ヶ月も見ないんですもの、どんなに可愛くなつて居ますでせう。物もよく云ふでせうねえ。
素描 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
其の包みをほどき始めた、突き出て居る足は確かに女の足である、其の足の方から順に上へ上へと解いて行くのだ、少し解くと直ぐに着物の端が現われたが、是も余には見覚えがある
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
よく物を言ふ眼が間断ひまなく働いて、ほどけばに余る程の髪は漆黒くろい。天賦うまれつきか職業柄か、時には二十八といふ齢に似合はぬ若々しい挙動そぶりも見せる。一つにはだ子を有たぬ為でもあらう。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
夜のひまなぞには青木さんの不断着なぞで縫ひかへたいものを一枚づゝほどいた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
そのふさふさした金髪は、ややもすれば波打って容易にほどけやすいので絶えず押さえ止めなければならなかった、そして柳の木の下を逃げてゆくガラテア姫にもふさわしく思われるのだった。
手ふさげに、ほどきものをしながらお咲はほんとに安心した心持になっていた。咲二をねかしつけるときよく唄った唄が何となく口を洩れるくらい、彼女は心の「しん」が楽しんでいたのである。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
身体からだも固くなっていますと、今の怪物はなおも烈しい呼吸を続けて、唇を笛のようにヒューヒューと鳴らしていましたが、やがて片手で身体からだの綱をほどいて、立ち上ってあたりを見まわしまして
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
「それをほどいて見せろ、そこに沢山な金がはいって居るかも知れない。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
家内中寄集よりこぞりて、口をほどいて面白そうに雑談ぞうだんなどしている時でも、皆云い合したように、ふと口をつぐんで顔を曇らせる、といううちにも取分けてお政は不機嫌ふきげんていで、少し文三の出ようが遅ければ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ラプンツェルは黄金きんばしたような、ながい、うつくしい、頭髪かみってました。魔女まじょこえこえると、少女むすめぐに自分じぶんんだかみほどいて、まど折釘おれくぎきつけて、四十しゃくしたまでらします。
スミ枝は、ピンを口にくわえて、髪をほどきながらいう。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ほどかば風に亂れなむ
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
「折角先祖が封じたものをほどいて、もしか鬼が知事か警部長かの耳の穴にでも入つて、何処かのやうに遊廓でも建て増されては溜らないからな。」
その浴衣ゆかたは所々引き裂け、帯は半ばほどけてはぎあらわし、高島田は面影をとどめぬまでに打ちくずれたり。こはこれ、盗難にえりし滝の白糸が姿なり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
玄関前に、この間引越のときにほどいた菰包こもづつみ藁屑わらくずがまだこぼれていた。座敷へ通ると、平岡は机の前へ坐って、長い手紙を書き掛けている所であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「※さんがそれを間違えて、『何だ、これは、水瓜すいかなら食え』なんて仰有おっしゃって、船の中でほどいて見ましたッけ……」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なぜならば、遮二無二に今の境遇を切りほどいて現在の身から夢の中へ、駈け出してしまいたくなるからだった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と是から船に乗ると、百姓が繋縄もやいほどいてさおを揚げて、上手うわての方へ押出し、艪杭ろぐいしめしてだん/\と漕ぎ初めたが、田舎の渡船ぐらい気の永いものは有りません。
次ぎに第三の黒ん坊の両手を、後手うしろでに組ませて、又同じような気合いをかけると、その手はさながら鎖で縛られた如く、どんなに振っても暴れてもほどく事が出来ない。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あゝあれかと、自分は直ぐさう思つたが、父は默つて、そろ/\と打紐をほどきかけた。平七は井戸の底でも覗く風にして醉つた眼を据ゑつゝ、父の手元を見入つてゐた。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
ところが、早苗は振りほどこうともせず、まるで、寝た振りをした子供のように抱きすくめられた。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
日本で消極的な事ばかし書いている新人の作を見ますと、縛られた縄をほどいてく処に、なる程と思う処がありますが、別に深く引き附けられるような感じはありません。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
落ちるより早く身を飜えし、組まれた相手を振りほどくとひょいとばかりに突っ立った。
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
どうもこの蒲団に何か怪しいことがあるのではなかろうかということになりまして、初七日の法事も済んだあと、親類どもにも集まってもらいまして、この蒲団をほどいて見たのでございます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「もうその着物いらんやろ。代りのをこしらえてあげるでほどこうな。」
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
われとほどきし赤縄えにしの糸の、罪によごれ、血にまみれつゝめぐり/\て又こゝに結ぼるゝこそ不思議なれ。御身は若衆姿。わが身は円頂黒衣。罪障、悪業に埋もれ果つれども二人の思ひに穢れはあらじ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)