みどり)” の例文
ちょうどその時月に雲がかかったので、どんな者とも見わけることができなかった。ただ一方のみどりの着物を着た女のいう声が聞えた。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
谷あいの草原を飾る落葉松や白樺の夢のように淡いみどり、物寂びた郭公かっこうの声、むせぶような山鳩のなく音、谷の空を横さまに鳴く杜鵑ほととぎす
秩父の渓谷美 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
……包みもしないで——みどりを透かして、松原の下り道は夕霧になお近いから——懐紙ふところがみに乗せたまま、雛菓子ひながしのように片手に据えた。
風に揺ぐ玉樹のみどりや、野に拡がる琪草きそうの香や、姿を見ぬ仙禽せんきんの声や、然様いう種々のものの中を、吾が身が経巡り、吾が魂が滾転こんてんし行いて
穂高岳 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかもその突当りにしたたるほどの山が、自分の眼をさえぎりながらも、邪魔にならぬ距離をたもって、どろんとしたわがひとみみどりうちに吸寄せている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
江戸時代の築城の規模がそのまま壮麗なビル街を前景のうちに抱え込んでいる雄大な眺め、見附みつけやお濠端のみどり色、等々に尽きる。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
風呂につかっていると、ちょうど窓から雨にぬれた山のみどりまゆに迫って来て、父子おやこの人情でちょっと滅入めいり気味になっていた頭脳あたまが軽くなった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
曹正は、ほかの百姓をつれて、あくる日、村へ帰っていき、二龍山一帯は、そのみどりの色も里景色も、なんとなくあらたまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
湖面暗くして波浪上らず、雨脚うきゃく矢のごとく湖上を打つ。毛唐けとうの乗ったボートは橋に引掛かり、対山のみどりは雨雲に包まれて、更に一鳥の飛ぶを見ず。
みどりの髪を肩になびけ、瑠璃るりの翼を背にたたみ、泛子うきをみつめる瞳はつぶらかに玉のごとく、ゆさりと垂れた左右の脛は珊瑚さんごを刻んだかとうたがう。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
打惑うちまどひてりかねたる彼の目前まのあたりに、可疑うたがはしき女客もいまそむけたるおもてめぐらさず、細雨さいうしづか庭樹ていじゆちてしたたみどりは内を照せり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
梅の花は天下の尤物ゆうぶつだといわれます。これをみどりの松、緑の竹に比べますと色があってこの二つに取り添うと何んとなく軟かい一脈の趣が生じます。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
その島々が親山おややまたるまゆ山のみどりを背景として、静かな不知火しらぬいの海に羅列する光景は、まさに西海の松島である。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
然しその風景の点に於ては砂丘のみどりにつつまれたこの病院ほど住みたい思ひをそそる場所も稀にしかない。
みどりとばり、きらめく星 白妙しらたへゆか、かがやく雪 おほいなるかな、美くしの自然 が為め神は、備へましけむ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
首ばかり極彩色ごくざいしきが出来上り、これから十二一重ひとえを着るばかりで、お月の顔を見てにこりと笑いながら、ジロリと見る顔色かおいろ遠山えんざんまゆみどりを増し、桃李とうりくちびるにおやかなる
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
みどりも春の色添ひて、見渡す限り錦なる花の都の花の山、水にも花の影見えて、下す筏も花の名に、大堰の川の川水に、流れてつひに行く春を、いづ地へ送り運ぶらむ。
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
決し在所ざいしよの永正寺と云尼寺あまでらへ入みどり黒髮くろかみそり念佛ねんぶつまい生涯しやうがいおくりし事こそ殊勝しゆしようなれされば長庵を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
抜け出るように色白な秀でたひたいつきをした、おまけにもう一つ、漆黒の——いやそれこそみどりの黒髪とでも言いたいような髪の毛をした、——ざっとまあそうした女である。
其方そのかたさしてあゆむ人はみな大尉たいゐかうを送るの人なるべし、両国橋りやうごくばしにさしかゝりしは午前七時三十分、や橋の北側きたがは人垣ひとがきたちつどひ、川上かはかみはるかに見やりて、みどりかすむ筑波つくばの山も
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
蝉時雨せみしぐれは、一しきりさかりになって山のみどりるるかと思われるやかましさ、その上、あいにくと風がはたと途絶えてしまったので周囲を密閉した苫船の暑さは蒸されるようです。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
木が茂って松蘿さるのおがせが、どの枝からも腐った錨綱いかりづなのようにぶら下っている、こればかりではない、葛、山紫藤やまふじ、山葡萄などの蔓は、木々の裾から纏繞まといついてみどりの葉を母木の胸にかざ
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
風をふところへ入れ足をのばして休む。青ぎった空にみどりの松林、百舌もずもどこかで鳴いている。声の響くほど山は静かなのだ。天と地との間で広い畑の真ン中に二人が話をしているのである。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
海ぞいにえそろったアメリカ松のみどりばかりが毒々しいほど黒ずんで、目に立つばかりで、濶葉樹かつようじゅの類は、いつのまにか、葉を払い落とした枝先を針のように鋭く空に向けていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
馬の脊の樣な狹い山の上のやゝ平凹ひらくぼになつた鞍部あんぶ、八幡太郎弓かけの松、鞍かけの松、など云ふ老大な赤松黒松が十四五本、太平洋の風に吹かれて、みどりの梢に颯々の音を立てゝ居る。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
気が付くと、三造の前の真白な瀬戸物皿の上に、いつの間に来たのか、それこそ眼の覚めるほど鮮やかなみどり色をしたすいっちょが一匹ちょこんと止って、静かに触角を動かしている。
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ストップ! 古井こいの白い鉄橋の上で、私は驚いて自動車を飛び降りた。その相迫った峡谷のみどりの深さ、水のあおくて豊かさ。何とまた鬱蒼うっそうとして幽邃ゆうすい下手しもての一つ小島の風致であろう。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
馬のの様な狭い山の上のやゝ平凹ひらくぼになった鞍部あんぶ八幡はちまん太郎たろう弓かけの松、鞍かけの松、など云う老大ろうだいな赤松黒松が十四五本、太平洋の風に吹かれて、みどりこずえ颯々さっさつの音を立てゝ居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ミミーの首っ玉にはみどり色のリボンが結びつけてあった。そして小さな鈴がリンリンと鳴った。この可愛いい小猫は、ワイトマンの隠し女アンナから胡魔化して借りてきたものであった。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
川の水が緩く流れていて、黒い色の目金橋めがねばしが架かっている。その橋が水に映っているところである。その向うにみどりの濃い山が見えて、左手には何かポプラアのような木が五、六本かいてある。
呉秀三先生 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そういうとしゅろは、まるでみどりの小だかい峰のように、目の下にひろがっている温室仲間の林を傲然ごうぜんと見おろしました。仲間はだれひとりとして、彼女に言葉を返す勇気のあるものはなかった。
青年が起つと仙妃も起って、そのまま青年をれて往った。侍女達は手に手に綺麗な燈を持って案内した。そこは珍しい織物を張り詰めた狭い室で、みどりとばりの中には紅い花のようなねだいがあった。
賈后と小吏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼方此方かなたこなたにむらむらと立なら老松奇檜ろうしょうきかいは、えだを交じえ葉を折重ねて鬱蒼うっそうとしてみどりも深く、観る者の心までがあおく染りそうなに引替え、桜杏桃李おうきょうとうり雑木ざつぼくは、老木おいき稚木わかぎも押なべて一様に枯葉勝な立姿
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
滿山のみどりは息をはずませて、今に降つてくるか今に降つてくるか、と待ち受けるかのやうでもあつた。低い雲はいよいよ低く、いつの間にかすがたを隱す山々もある。かなたには驟雨も來てゐたらしい。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
渾沌みどりに乗て気に遊ぶ
芭蕉について (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
水楢みずならとちなどもあったように思うが、繁り合った葉がそよふく風に揺れて、その間から洩れる日の光がみどりの竪縞を織りなしている。
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
やなぎみどりかして、障子しやうじかみあたらしくしろいが、あきちかいから、やぶれてすゝけたのを貼替はりかへたので、新規しんき出來できみせではない。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
舟には女が一人の婢をれて坐っていた。女は笑いながら柳を迎えた。みどりくつたびあかくつ、洞庭の舟の中で見た侍女の妝飾そうしょくとすこしも違わない女であった。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
よそおいは鏡に向ってらす、玻璃瓶裏はりへいり薔薇ばらを浮かして、軽く雲鬟うんかんひたし去る時、琥珀こはくの櫛は条々じょうじょうみどりを解く。——小野さんはすぐ藤尾の事を思い出した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女性の姿は、暗いみどりかげにかこまれ、その面窶おもやつれまでが、妖しいほど美しく、暗所の女人像のように見えた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見る眼も覚むべき雨後の山の色をとゞめてみどりの匀ひ一しほ床しく、鼻筋つんと通り眼尻キリヽと上り
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
見遍みわたせば両行の門飾かどかざりは一様に枝葉の末広く寿山じゆざんみどりかはし、十町じつちよう軒端のきばに続く注連繩しめなはは、福海ふくかいかすみ揺曳ようえいして、繁華を添ふる春待つ景色は、うたり行くとしこんおどろかす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
最初蝦夷松椴松のみどりに秀であるひは白く立枯るゝ峯を過ぎて、障るものなきあたりへ來ると、軸物の大俯瞰圖のする/\と解けて落ちる樣に、眼は今汽車の下りつゝある霜枯の萱山かややまから
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
最初蝦夷松椴松のみどりひいであるいは白く立枯たちかるゝ峰を過ぎて、障るものなきあたりへ来ると、軸物の大俯瞰図のする/\と解けて落ちる様に、眼は今汽車の下りつゝある霜枯しもがれ萱山かややまから
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
細雨にけむ長汀ちょうていや、模糊もことして隠見するみどりの山々などは、確かに東洋の絵だ。
水にみどりの影を映して、沈まりかえっている、一の池と二の池の境には、赤いツツジが多いということであるが、今は咲いていなかった、深く生い茂った熊笹を分けて岨道そばみちを屈曲して行くと
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
すぐる十有餘日いうよにちあひだ、よく吾等われら運命うんめい守護しゆごしてれた端艇たんていをば、波打際なみうちぎわにとゞめてこのしま上陸じやうりくしてると、いまは五ぐわつ中旬なかばすぎ、みどりしたゝらんばかりなる樹木じもくしま全面ぜんめんおほふて、はるむかふは、やら
谷底に横わる尾根の、みどりしたたる大竹籔に老鶯ろうおうが鳴いている。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
柳の葉のみどりかして、障子の紙は新らしく白いが、秋が近いから、破れてすすけたのを貼替はりかえたので、新規に出来た店ではない。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
谷筋を罩めていた霧が薄らいで、其中からみどりの濃い山の影がぼうっと行手に滲み出した。百貫ひゃっかん山である。幾多の平行した縦谷が骸骨の肋骨のように懸っている。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)