なげ)” の例文
源氏が二条の院へ帰って見ると、ここでも女房はよいからずっとなげき明かしたふうで、所々にかたまって世の成り行きを悲しんでいた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この変った姿で帰ったら、この月のうちには祝言をしようと言うことになっていた、許嫁いいなずけのお新はどんなに驚きなげくことでしょう。
新吉しんきちは、九つのとき、ほんの一病気びょうきになってたばかりでんでしまいました。弥吉やきちじいさんの、なげきは一通ひととおりでありません。
都会はぜいたくだ (新字新仮名) / 小川未明(著)
ば喰べさせよった学校の小使いのばあさんがなあ。代られるもんなら代ろうがて云うてなあ。自分の孫が死んだばしのごとなげいてなあ……
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかるに少し気の小さな人が、自分のことをうわさされ、あるいは新聞雑誌に悪く掲げらるれば、再びあたわざる窮地におちいるごとくなげく。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
文を売りて米の乏しきをなげき、意外の報酬を得て思わず打ち笑みたる彼は、ここに至って名利を見ること門前のくろの糞のごとくなりき。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
俳諧はいかい、謠曲、淨瑠璃じやうるりに至るまで、(淨瑠璃のある部分を除く外は)おほむね理想詩(叙情派)に屬すといひて、世相派の詩少きをなげきつ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかしながら愛せんと欲する者にはつねに愛し得ざるなげきがあり、生まんとする者は絶えず生みの悩みを経験しなければならぬ。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
茶を弁えたる者からいえば、今の茶碗では茶が飲めないとなげく……が、それは仕方のないことなのである。あえて茶碗にかぎるのではない。
現代茶人批判 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
赤いほのおつつまれて、なげき叫んで手足をもだえ、落ちて参る五人、それからしまいにただ一人、まったいものは可愛かわいらしい天の子供こどもでございました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
とほざかるが最期さいごもうゑんれしもおなじことりつくしまたのみもなしと、りすてられしやうななげきにおそのいよ/\心細こヽろぼそ
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
妹がもしいたら、年ごろになっても「要視察人」の俺のためにどこへもお嫁に行けないと、妹をさぞかしなげかせたことだろう。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
でもわしは、なげかないつもりだ。そこでわしが、不平を云わずによく働けば、かならずまた、次の世界には、富んだ家の者になれるのだからな
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ヤレお前さんの身になったらさぞ母親さんに面目があるまいと、人事しとごとにしないでなげいたりくやんだりして心配してるとこだから
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
おのが生きむとする道を宗教にえらびたるは、一つは神を求むる心より、一つはかのなげきの底より浮びたる時にあたり恐るべき世のつめたさに触れ
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其内そのうちるともなく父鬼村博士の陰謀に気付き、夜に昼をいでなげきかなしんだため、到頭とうとうひどく身体を壊してしまった。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……乳母おんばさききゃれ。ひめにようつたへたもれ、家内中かないぢゅうはや就褥ねかしめさと被言おしゃれ、なげきにつかれたればむるはぢゃうぢゃ。ロミオは今直いますぐまゐらるゝ。
その悲しみに比べると、今の彼の寂しさが、より強いものとは思われなかった。が、一人の母を恋いなげくより、より大きいと云う心もちはあった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのくせ利家には、なげいているふうはなかった。むしろ、この一奇児を、ひそかに珍重している容子ようすさえどこかにある。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふけえ馴染の中だで思出おめえだしてなげきが増して母様かゝさまが泣くべえ、それに種々いろ/\用があってねえでいたが悪く思ってくれるなって、でかい身体アして泣いただ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
暫時しばしと止め種々さま/″\請勸ときすゝめしゆゑ澁々しぶ/\ふみ取上てふう押切おしきりよむしたがひ小夜衣は少しも知らぬ眞心まごころえ伯父長庵が惡事をなげき我身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そして、遂には、あの思出してもゾッとする夢中の犯罪、あああ、おれは何という因果な男だろう。彼はただもう、身の不幸をなげほかはないのである。
夢遊病者の死 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
くなった父は昔よく「ひとりをつつしむ」ということを教えた。私がこんなことを書くのを知ったら、どんなにか私の堕落をなげくであろう。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いよいよ離別の杯を取れり、阿園は長々世話になりしことを謝し、里方の無慈悲を怨み、あかぬ別れをなげき、身の薄命を悲しみ、佐太郎が親切を嘆じ
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
わたしは母にわかれてからもう五十年にもなるが、それでもこの歌を聴くと思い出して、いつも孝行の足りなかったことをくやなげかずにはいられない。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
史朗も憤慨したものらしく、清川が葉子に値いしないことをなげいていたが、それきり葉子の消息も絶えてしまった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なげきに枝を添うるがいたわしさに包もうとはつとめたれど……何をかくそう、姫御前ひめごぜは鏁帷子を着けなされたまま
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
そうした場合ばあい人間にんげんというものはさてさてむごいことをするものじゃと、わしはどんなになげいたことであろう……。
(御機屋の事初編に委しく記せり)手をとゞれば日限におくる、娘はさらなり、双親ふたおやも此事をうれなげきけり。
現実の充たされない世界に於て自我の欲情する観念イデヤ(理念)を掲げ、それへのみがたい思慕からして、訴え、なげき、かなしみ、怒り、叫ぶところの芸術である。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
この指環が、私に幾多の苦となげきとを与へてくれましたお蔭で、どうやらかうやら、私は一人前の人間にならねばならぬという奮発心を起こしましたからの事で。
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
なんじらは決して我が死をなげくに及ばぬ、我が業力ごうりきここに尽きて今日めでたく往生するのは取りも直さずわが悪因業あくいんごうここに消滅して今日より善因業を生ずるのである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
蛼は啼くために生れて来たその生命いのちのかなしさを、ただわけも知らずなげいているのだと、知れざる言葉をもって、生命の苦悩と悲哀とを訴えるように思われるからだ。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分の魂を打ち込んで焦心苦慮したことがまるで水の泡になってしまったことをなげいてもなげいても足りないで私はひとり胸の中で天道を怨みかこつ心になっていた。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
士官たちのなげき! けれども当のエム大尉はすこしも落胆らくたんしないのみか、にっこりとしておりました。
国際射的大競技 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
途中でもわたくしが、お喜ばしい、おめでたい儀と申しました。決しておなげきなさいます事はありません。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひと味宿うまいずてしきやしきみすらをりてなげくも 〔巻十一・二三六九〕 柿本人麿歌集
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
私と同棲どうせいしてからも一年に三四箇月は郷里の家に帰っていた。田舎の空気を吸って来なければ身体が保たないのであった。彼女はよく東京には空が無いといってなげいた。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
といつて、やはりつき時分じぶんになると、わざ/\縁先えんさきなどへなげきます。おきなにはそれが不思議ふしぎでもあり、こゝろがゝりでもありますので、あるとき、そのわけをきますと
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
わたしは彼女のことをいくたびなげいたか分かりません。いまだに彼女のことを後悔しています。
実際すでに不正な銭のご馳走ちそうになったのである、こんなことが母に知れたら母はどんなに怒るだろう、怒られても仕方がないが、母がなげきのあまり病気になりはしないか
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
かつてあるフランスの作家のものが某名家の訳で一世を風靡ふうびし、いわゆる新興芸術派の一部に浅ましい亜流を輩出したとき、わが畏友いゆう吉村鉄太郎がひそかになげいたことがある
翻訳遅疑の説 (新字新仮名) / 神西清(著)
初めはただのなげきであったが、のちにはそれが悩みを起こして、彼の心に深く喰い入った。
親を失つてなげいてゐるものや、生活に何の差障さしさはりもないのに、人と争ひ、人を憎んでゐるものの苦しみです。かういふ苦しみから、人々を救はねばならないと、私は思ふのです。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
善くこれを開発すれば小島も能く大陸にさるの産を産するのであります。ゆえに国の小なるはけっしてなげくに足りません。これに対して国の大なるはけっして誇るに足りません。
何の罪とがも無き勝太郎をむざむざ目前にいて死なせたる苦しさ、さりとては、うらめしの世、丹後どのには他の男の子ふたりあれば、なげきのうちにもまぎれる事もありなんに
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おんおもかげの変りたる時にこそ浅墓あさはかならぬわが恋のかわらぬ者なるをあらわしたけれと、無理なるねがいをも神前になげきこそろと、愚痴の数々まで記して丈夫そうな状袋をえらみ、封じ目油断なく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
遊廓通ゆうかくがよいのほかに余念なきこそ道理なれ、さりとてはなげかわしさのきわみなるかな。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
元來がんらい日本につぽん古墳こふん研究けんきゆうは、かの高山彦九郎たかやまひこくろう林子平はやししへいなどゝとも寛政かんせい三奇士さんきしといはれた蒲生君平がまうくんぺいが、御歴代ごれきだい御陵ごりようこはれたり、わからなくなつてゐるのをなげいて、自分じぶん各地かくち御陵ごりよう探索たんさく
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
周防は非常になげいたが、むすめ乳母うばの口から、むすめが生前畠山六郎を思うていたと云うことを聞かされると、むすめの姿を絵にかし、そのうえ木像もこしらえて、切通きりどおしげんの堂を建ててそれを収めた。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)