ゆえ)” の例文
しかし、私は、今日まで、そういうことなど考えて見たことのない生初心きうぶな若者ゆえ、いざ行くとなると気が差してなかなか行き渋る。
それゆえ新潮社の翻訳は定評があるとか、杜撰づさんなものであるとか、そんな評判はよく聞く処であるが、私は少しもそれに耳をかさない。
翻訳製造株式会社 (新字旧仮名) / 戸川秋骨(著)
それがひとうように規則的きそくてきあふれてようとは、しんじられもしなかった。ゆえもない不安ふあんはまだつづいていて、えず彼女かのじょおびやかした。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ゆえに記述と説明とは、共に広義の学術に属するもので、芸術に属するものでない。芸術に属するものは、最後の表現あるのみである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかしこの花の見た目に美しいことは忘れることが出来ないゆえに、単にそういう感じから付けた名も、また方々で拾うことが出来る。
減らし色々の点で節約したけれども彼女の慰安いあんには何一つ遺漏いろうのないようにしたゆえに盲目になってからの彼の労苦は以前に倍加した。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
光はすえひて竹村の姉のもとへ、天神様のはとを見になど行き候。かしこに猿もあり、猿は行儀わろきものゆえ見すなといひきかせ候。
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
名誉心は抽象的なものであるにしても、昔の社会は今の社会ほど抽象的なものでなかったゆえに、名誉心はなお根柢こんていのあるものであった。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
かるがゆえに人間を観れば、大体その背後のものが判る。下らない人格の所有者に、立派な神霊の感応するようなことは絶対にない。
それゆえ彼の行為が、ある程度を越えない限りに於ては、彼の好意を、単なる友人としての好意を、受けるにやぶさかでなかったのである。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
初めには男の人に寝てもらうとよいとの事ゆえ、今晩はぜひとも寝てはくれまいかとの依頼でした、私は何心なくそれは結構な事で
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「な、な、な何がゆえに、何が故に、君たちはど、ど、動物を食わないと云いながら、ひ、ひ、ひ、羊、羊の毛のシャッポをかぶるか。」
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
およそ深刻摯実しんこくしじつなる魂の所有者は皆そうであった。ゆえに十章におけるヨブと九章前半における彼とは、全然その心の姿を異にしている。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
かう申せばまた誤解呼ごかいよばはりをするかもしれねど、簡単に誤解呼はりをする以上の事実があるのを僕はたしかな人から聞いたのゆえだめに候。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
どうでもよいわ、萩原の死骸はほかに菩提所も有るだろうが、飯島の娘お露とは深い因縁がある事ゆえ、あれの墓に並べて埋めて石塔を
なんゆえ私宅教授したくけふじゆの口がありても錢取道ぜにとるみちかんがへず、下宿屋げしゆくやに、なにるとはれてかんがへることるとおどろかしたるや。
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
けだし論者のごとき当時の事情じじょうつまびらかにせず、軽々けいけい他人の言によって事を論断ろんだんしたるがゆえにその論の全く事実にはんするも無理むりならず。
ぼくはものを感じるのは、まあ人並ひとなみだろうと、思っていますが、おぼえるのは、面倒臭めんどうくさいと考えるゆえもあって、自信がありません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「御覧下さいまし。算哲博士のお描きになったこれが、黒死館の邪霊なのでございます。栄光はゆえなくして放たれたのではございません」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一瞥いちべついたすに、士規しき整然として、以前の世評とは打って変った御家政ぶり、近年の隆々たるお勢いも、ゆえあるかなと、思いあたってござる
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
拝啓学位辞退の儀は既に発令後の申出にかかるゆえ小生しょうせいの希望通り取計らいかぬるむねの御返事をりょうし、再応さいおうの御答を致します。
博士問題の成行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それゆえ遊ぶ度々の玉祝儀ぎょくしゅうぎ待合の席料から盆暮の物入ものいりまでを算盤そろばんにかけて見て、この先何箇月間の勘定を一時に支払うと見れば
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「何と言いやる、今まで水の底にかくれていた当家の主人の亡骸なきがらが、このたび、見つかったゆえに、それを引取って参ったとな」
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ゆえに本職は、各人が此辺の事情を理解し、指揮者の命にしたがい、官民一体となって此の重大事に善処せんことを望むものである。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
真志屋五郎作は神田新石町しんこくちょうの菓子商であった。水戸家みとけ賄方まかないかたを勤めた家で、ある時代からゆえあって世禄せいろく三百俵を給せられていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ところで旅行中の費用はすべて官費であるから、政府から請取うけとった金は皆手元に残るゆえ、その金をもって今度こそは有らん限りの原書をかって来ました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
此の公判の模様に就ては、之亦これまた新聞紙がこぞって書き立てた事ゆえ、みなさん十分御承知のことと思いますから、詳しくはここに述べますまい。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
余一日、家童、門生の業をなげうち学を廃するを見、そのゆえを問う。皆う、今日日曜日なり、これをもってかくのごとしと。
日曜日之説 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
ローマの昔、カラカラ皇帝ゆえなくして弟ゲータを殺し、直ちに当時の大法律家パピニアーヌス(Papinianus)を召して、命じて曰く
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
それゆえに、結局けっきょくへとへとになって、揚句あげく酒場さかば泥酔でいすいし、わずかにうつらしたのです。かれは、芸術げいじゅつ商品しょうひん堕落だらくさしたやからをもいきどおりました。
風はささやく (新字新仮名) / 小川未明(著)
之に遇えば物に害あり。ゆえ大厲だいれい門に入りて晋景しんけい歿ぼっし、妖豕ようしいて斉襄せいじょうす。くだようをなし、さいおこせつをなす。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ゆえに日本内地に於ける石油の秘密貯蔵個所を発見して、万一の際これを爆破するだけの用意を整えおけば、それだけにても戦闘準備は十分なり。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ゆえもなく自分の好きな人物に永久に怒りを感じさせるということはこの土地を選んだ最初の私の目的に反するのである。
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
人々ひとびとこころせよ、それはなんじらを衆議所しゅうぎしょわたし、会堂かいどうにてむちうたん。また汝等なんじらわがゆえによりて、つかさたちおうたちのまえかれん。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
斯く入り口又はまどへだてて品物のりをせしは同類どうるいの間ならざるがゆえならん。コロボックル同志どうしならばしたしく相對してことべんぜしなるべし。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
粗末なおでんすら、出来たてゆえに私たちの味覚をよろこばすのであるから、お座敷おでんといえる「なべ料理」は、相当の満足を与えるに相違ない。
鍋料理の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
おときは全く理解出来ないように云ったが、心の中では夫の何事にも細かい観察を忘れないで、面白味おもしろみを見出すのは広い心のゆえだと思って感心した。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
ひと交際こうさいすることはかれいたってこのんでいたが、その神経質しんけいしつな、刺激しげきされやす性質せいしつなるがゆえに、みずかつとめてたれとも交際こうさいせず、したがってまた親友しんゆうをもたぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
わけてもその壮麗なるがゆえにジュピターと名づけられた「交響曲第四一番ハ長調K五五一」を、ワルターの指揮する
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
殊更うれいを含む工合ぐあい凄味すごみあるに総毛立そうけだちながらなおくそこら見廻みまわせば、床にかけられたる一軸たれあろうおまえの姿絵ゆえ少しねたくなって一念の無明むみょうきざす途端
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ゆえに余輩は彼を知るに於て、彼の日記を通して彼の過去を知るは勿論もちろん、馬島に於ける彼が日常をも推測せざるべからず。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
元来、久政は長政十六歳のとき、家老達から隠居をすすめられて、長政に家督を譲った位の男ゆえ、あまり利口でなく、旧弊で頑固であったに違いない。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
月たらずであるのに生れて二三時間手当なしであったゆえ。寒気のためによわったのであろうと思われた。それから一時間半ばかりたって遂に絶命した。
牛舎の日記 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
藤原ふじわら氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何がゆえに彼等自身が最高の主権を握らなかったか。
堕落論〔続堕落論〕 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
京都で富小路家とみのこうじけ侍奉公さむらいぼうこうしていたが、ゆえあって故郷に帰り、大森通仙と名を更えて、怪しげな医師になっていた。
傾城買虎之巻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
昨夜ゆうべの事件について御意見を伺いたくてきたが、お留守ゆえ帰る」と、置き手紙を残して事務所を立ち去った。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おのれたまあらざることをおそれるがゆえに、あえて刻苦してみがこうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々ろくろくとしてかわらに伍することも出来なかった。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
松本市は古い町ゆえ、色々の手仕事がされたでありましょうが、今作るもので私の眼に止まったのは竹細工でした。寒い国のこととて細い篠竹しのだけを使います。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それゆえに鮮しい肉は味がないので牛ならば今頃は四、五日目鳥ならば二、三日目になりますとエキス分が肉の中に分解されて味も好く肉も柔くなりますが
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
また西沢李叟にしざわりそうは江戸の化粧に関して「上方かみがたの如く白粉おしろいべたべたと塗る事なく、至つて薄く目立たぬをよしとす、元来女は男めきたる気性ある所のゆえなるべし」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)