尾花おばな)” の例文
一廻りななめに見上げた、尾花おばなを分けて、稲の真日南まひなたへ——スッと低く飛んだ、赤蜻蛉あかとんぼを、かざしにして、小さな女のが、——また二人。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると、すぐ後ろの、源頼政みなもとのよりまさのある中山堂の丘に、白い尾花おばなを折り敷いて、にこにこ笑っている稚子髷ちごまげの顔が、ちらと見えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其処そこに北太平洋がひそんで居るのである。多くの頭が窓から出て眺める。汽車は尾花おばなの白く光る山腹を、波状をいて蛇の様にのたくる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
訶和郎かわろ兵士つわものたちの間を脱けると、宮殿の母屋もやの中へ這入はいっていった。そうして、広間の裏へ廻って尾花おばなで編んだ玉簾たますだれ隙間すきまから中をのぞいた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
明和めいわ戌年いぬどしあきがつ、そよきわたるゆうべのかぜに、しずかにれる尾花おばな波路なみじむすめから、団扇うちわにわにひらりとちた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
いちめんの大平野で、すすき尾花おばなの秋草が、白く草むらの中に光つてゐた。そして平野の所所に、風雅な木造の西洋館が、何かの番小屋のやうに建つてゐた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
さびしい秋の夕方など、赤とんぼは、尾花おばな穂先ほさきにとまって、あのかあいいおじょうちゃんを思い出しています。
赤とんぼ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それをのぞき込もうとすると、墓と墓との間の丈なす尾花おばな苅萱かるかやの間から、一人の女性が現われて、その覆面の中から、凄い目をして、きっと兵馬をにらみつけて
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
僕の郷里は九州で、かの不知火しらぬいの名所に近いところだ。僕の生れた町には川らしい川もないが、町から一里ほど離れたざいに入ると、その村はずれには尾花おばな川というのがある。
水鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
秋のことだから尾花おばなはぎ女郎花おみなえしのような草花が咲き、露が一杯に下りて居ります。秋の景色は誠に淋しいもので、裏手は碓氷の根方ねがたでございますから小山こやま続きになって居ります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こうして築土ついじのくずれた小径を、ときどき尾花おばななどをかき分けるようにして歩いていると、ふいと自分のまえに女を捜している狩衣かりぎぬすがたの男が立ちあらわれそうな気がしたり
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
学校からの帰途には、路傍の尾花おばなに夕日が力弱くさして、たでの花の白い小川に色ある雲がうつった。かれは独歩どっぽの「むさし野」の印象をさらに新しく胸に感ぜざるを得なかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
東京市何区何町の真中に尾花おばなそよ百舌もずが鳴き、狐や狸が散歩する事になったのは愉快である。これで札幌の町の十何条二十何丁の長閑のどかさを羨まなくてもすむことになったわけである。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
玄翁げんのうはこのはらとおりかかると、おりふしあきすえのことで、もうれかけたすすき尾花おばなしろ綿わたをちらしたように一めんにのびて、そのあいだのこった野菊のぎくやおみなえしがさびしそうにのぞいていました。
殺生石 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
かきくり葡萄ぶどう枝豆えだまめ里芋さといもなぞと共に、大いさ三寸ぐらいの大団子おおだんご三方さんぼうに盛り、尾花おばな女郎花おみなえしたぐいを生けて、そして一夕を共に送ろうとするこんな風雅な席に招かれながら、どうして彼は滑稽こっけい
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
此の火にてらされた、二個の魔神のさまを見よ。けたゝましい人声ひとごえかすかに、鉄砲を肩に、猟師が二人のめりつ、りつ、尾花おばなの波に漂うて森の中をげて行く。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其様そんさわぎも何時しか下火になって、暑い/\と云う下から、ある日秋蝉つくつくぼうしがせわしく鳴きそめる。武蔵野の秋が立つ。早稲が穂を出す。尾花おばなが出てのぞく。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
谷中やなか感応寺かんおうじきたはなれて二ちょうあまり、茅葺かやぶきのきこけつささやかな住居すまいながら垣根かきねからんだ夕顔ゆうがおしろく、四五つぼばかりのにわぱいびるがままの秋草あきぐさみだれて、尾花おばなかくれた女郎花おみなえし
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
べらぼうめ! と、こいつは、あのじんくせで、——西行さいぎょうとか芭蕉ばしょうとかいう男みてえに、尾花おばな蒲公英たんぽぽにばかり野糞のぐそをしてフラフラ生きているような人間になって、ほんとの、生きた陶器が作れるかい。
増長天王 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから三十分ほどすると次郎君は西郷隆盛をつれて約束やくそくの原っぱにきていました。まだ森川君もりかわくんはきていないので、原の真中あたりの尾花おばなのくさむらのそばへいって犬といっしょにこしをおろしました。
決闘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「君はあの『尾花おばな』を知ってるね」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
白茶色になって来た田圃たんぼにも、白くなった小川のつつみ尾花おばなにも夕日が光って、眼には見る南村北落の夕けぶり。烏啼き、小鳥鳴き、あきしずかに今日も過ぎて行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
向って、外套の黒いすそと、青いつまで腰を掛けた、むら尾花おばなつらなって輝く穂は、キラキラと白銀はくぎんの波である。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとかかえもあろうとおもわれるはすに、かれたつゆたまは、いずれも朝風あさかぜれて、そのあしもとにしのるさざなみを、ながしながらいたはなべにまね尾花おばなのそれとはかわったきよ姿すがた
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
落葉散りしき、尾花おばなむらいたる中に、道化どうけの面、おかめ、般若はんにゃなど、ならび、立添たちそい、意味なき身ぶりをしたるをとどむ。おのおのその面をはずす、年は三十より四十ばかり。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)