ゆる)” の例文
彼は套靴オオヴァシュウズをはいていなかったが、彼の靴は、並外れてゆるくしっかりと丈夫にできていて、しかも高雅なおもむきは欠かぬのであった。
衣裳戸棚 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
めぐりゆくものそのかずいと多し、また臥して苛責をうくるものはその數いと少なきもその舌歎きによりて却つてゆるかりき 二五—二七
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そのまっくらなしまのまん中に高い高いやぐらが一つ組まれて、その上に一人のゆるふくて赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
いかなれば我は自ら待つことのゆるくして、人を責むることの酷なりしぞ。われ若し再び瞽女ごぜに逢はば唯だ地上に跪いてこれに謝せん。
続いてるはアグラヴェン、たくましき腕の、ゆるき袖を洩れて、あかくびの、かたく衣のえりくくられて、色さえ変るほど肉づける男である。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「未だ良人の許しを得ませんから今日は何のおもてなしを致す事も出來ませんが、この次は御招待をしてゆるりとして頂きます」
巴里の旅窓より (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
良人をつとの許しを得ませんから今日けふは何のおもてなしを致す事も出来ませんが、この次は御招待ごせうだいをしてゆるりとして頂きます」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
第一種は普通ふつうの股引にして、はだへに密接するもの、第二種はち付け袴の類にして、全体甚ゆるやかに、僅に足首の所に於てかたくくられたるもの。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
たとへば貴ききはにあらぬ女の思ひのほかに心ざまゆるやかにて、我はと思ひあがりたるさまも無く、人に越えたる美しさを具へたらんが如し。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ゆるすなとは此ことなりと空嘯そらうそぶいて居たりけるお文は切齒はがみをなしヱヽ忌々いま/\しい段右衞門未々まだ/\其後も慈恩寺村にていゝ張半ちやうはんが出來たと云つてをつと三五郎を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
白地にあい縦縞たてじまの、ちぢみ襯衣しゃつを着て、襟のこはぜも見えそうに、衣紋えもんゆる紺絣こんがすり、二三度水へ入ったろう、色は薄くも透いたが、糊沢山のりだくさんの折目高。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この事は、その家庭がゆるやかであって、誰でも父親の鼻息をうかがえば気安くいられるということを語っている。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
あてたる如くに狭く堅く引締められ下の方に行くに従ひて次第にゆるく足元に至りて水の如くに流れ渦巻うずまきたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
林檎の木よ、發情期はつじやうきの壓迫で、身の内がほてつて重くなつた爛醉らんすゐなさけふさつぶじゆくした葡萄のゆるんだ帶の金具かなぐ、花を飾つた酒樽、葡萄色の蜂の飮水場みづのみば
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
足には雪のやうに白い馬皮ばひ製の長靴を穿いてゐる。ヤクツク人の着るゆるい外套が肩で襞を拵へて、耳まで隠してゐる。頭と頸とは大きなシヨオルで巻いてある。
顔面の周囲に比較的多く余地のあるあのゆるやかな朗らかな調和の感じも、——面長おもながな推古仏には見られず
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
之を為すは、本より愛山君の所説を再評するが為にはあらざるも、若し余が信ずるところに於て君の教示を促すべきことあらば、請ふ自らゆるうして、之を垂れよ。
家光は東国の辺防をゆるうすべからずと云って許さず、よって板倉内膳正重昌しげまさを正使とし、目付石谷いしたに十蔵貞清を副使と定めた。両使は直ちに家臣を率いて出府した。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「が、手巾ハンケチゆるく銃口を包んで撃てば、それは緩和出来ると思う、その手巾ハンケチさえ隠す時間があれば——」
音波の殺人 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
所が、ようやく半身が奈落に入ると、胸がゆるやかになって、一時に溜り切った息を吐き出すだろうからね。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのこちらで様子ようすうかがってりますと、ひとによりては随分ずいぶんゆるやかな取扱とりあつかいをけ、まるでゆめのような、呑気のんきらしい生活せいかつおくっているものも沢山たくさん見受みうけられますが
その夫のノルプー・チェリンが石の牢の中に居られる前に、少しゆるやかな牢に入って居られた。その牢は牢番に少しの金を与えればそこへ逢いに行くことも出来る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
處へもツて來て、一日々々に嬌態しなを見せられるやうになツて行くのだから耐らぬ。周三がお房を詮議せんぎする眼は一日々々にゆるくなツた。そして放心うつかり其の事を忘れて了ツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
たふとく優くも、高くうるはしくも、又は、まつたくも大いなる者在るを信ぜざらんと為るばかりに、一度ひとたび目前まのあたりるを得て、その倒懸の苦をゆるうせん、と心くが如く望みたりしを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
が、小肥こぶとりのからだをつつむゆるい黒衣の影を石階の日溜ひだまりに落したまま、しばしは黙然と耳を澄ます。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
先頃はつい、旧交の情にほだされ、思わず酒宴に心をゆるうして、同じ寝床で夢を共にしたりなどしたが、不覚や、あとになって見れば、予の寝房から軍の機密が失われている。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その周囲まわりの詰め物が、年代に連れて乾きゆるんで、このように音を立てるのではあるまいか。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いつものんびりとゆるがせて、子供になつかれるような優しいお顔を、たえず長閑のどかそうに微笑させておられる、そういう吉之助様ではありましたが、たまたまお怒りになりますると
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
実家が裕福なためもあったろう、職員間でもなにかと心がゆるく、交際もすべて明るくて、変に理窟めいたところが少しもなかった。どうして、文学などという暗い道の辿れる男ではない。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
法のからきとゆるやかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
要するに鐘と撞木しゅもくあいが鳴るというところで、我々共の役目においてもその通り、強く罪人を扱うてかえって罪を大きくしてやることになり、或いはゆるやかに扱い過ぎてかえって増長を
一日ソロモン秘事をアに問うに、わが鎖をゆるくし印環を還さば答うべしというた。
しかりといえども欧州諸国は、ゆるめばすなわち両軍相攻め、迫ればすなわち杖戟じょうげき相撞あいつくの勢いにしてほとんど立錐りっすいの閑地さえあらざるをもって、とうてい快活の運動を試みるあたわず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
背倫はいりんの行為とし、唾棄だきすべき事として秋毫しゅうごうゆるすなき従来の道徳を、無理であり、苛酷かこくであり、自然にそむくものと感じ、本来男女の関係は全く自由なものであるという原始的事実に論拠して
性急な思想 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
五月に入りてより松枝氏も我も帰らんといふに生憎あいにくに船便まれなりとてまた一日二日と打ち過ぎぬ。五月四日には宿舎を司令部の隣に移す。ここは石牀もありていとゆるやかに起き臥しすべし。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
荷馬車一台荷車一台と人が二三人って何か荷物を薄暗い家の中へはこんでいる、空にも星が一つ見えだした、八幡やわたの森にも火が点じた すべてゆるやかな落着いた光景、間もなく鳥居の前へくる。
八幡の森 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
痛風で曲がつた指に、ゆるい白麻の手袋を嵌めて出て来る。
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
そのまっくらな島のまん中に高い高いやぐらが一つ組まれてその上に一人のゆるい服を着て赤い帽子ぼうしをかぶった男が立っていました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
こわく縮れた黒い八字髭と、厚いぎらぎらする眼鏡と、科学で冷たく堅くなった、そして静かなゆるやかな厭世観でみたされた男の外貌とをもって
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
ゆるい衣紋をすべるよう、一枚小袖の黒繻子の、黒いに目立つ襟白粉えりおしろい、薄いが顔にも化粧した……何の心ゆかしやら——よう似合うのに、朋輩が見たくても
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あるときは白きひげゆるき衣をまといて、長きつえの先に小さきひさごくくしつけながら行く巡礼姿も見える。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すにぞ千太郎は小夜衣の伯父をぢと云ふに心ゆるみ私し儀不※ふとした事より貴殿のめひ小夜衣に馴染なじみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
だが子供のことであるから自分に免じてゆるしてくれ、と武蔵が代ってあやまると、無法者は
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう一家の生活を支えるための仕事は終えてしまって、それから後はおちついたゆるやかな気分で、読書や研究に従事し、あるいは訪客に接して談論したり、午後のんだ時分には
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
町の中には険呑けんのんな空気が立罩たてこめて、ややもすれば嫉刀ねたばが走るのに、こうして、朧月夜に、鴨川の水の音を聞いて、勾配こうばいゆるやかな三条の大橋を前に、花に匂う華頂山、霞に迷う如意にょいヶ岳たけ
仏祖の教えに合わないにもせよ、これらの芸術は人類の偉大な宝である。仏祖の行道ぎょうどうに違うにもせよ、この芸術を宗教的に礼拝した心には、豊かにしてゆるやかな美しい信仰が認められる。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
重ねて口を開かざらんかと打按うちあんじつつも、彼は乱るる胸をゆるうせんが為に、ひて目を放ちて海のかたを眺めたりしが、なほ得堪へずやありけん、又言はんとして顧れば、宮はかたはらに在らずして
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
酒を酌んで君に与う君自らゆるうせよ
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
両手を例のゆるやかなイギリス風のズボンの隠しに突込んだなり、耳を博士のほうへかしげて、よく人のやることだが、聴きながら口を開けている。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
菅子はもうそこに、袖を軽く坐っていたが、露の汗の悩ましげに、朱鷺とき色縮緬の上〆うわじめの端をゆるめた、あたりは昼顔の盛りのようで、あかるい部屋に白々地あからさまな、きぬばかりがすずしい蔭。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)