一切いっさい)” の例文
万国公法が極点まで進歩して一切いっさいの条項が完備したから、国と国との間にどの様な問題が在っても総て公法の主義に従って落着する。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
日本橋、通旅籠町とおりはたごちょうの家持ちで、茶と茶道具一切いっさいあきなっている河内屋十兵衛の店へ、本郷森川宿じゅくの旗本稲川伯耆ほうきの屋敷から使が来た。
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ところで、旅なかまは、ほかのものは一切いっさいいらない、わたしのほしいのは、そのおまえさんの腰につるしている剱だけだといいました。
印刷いんさつ出板しゅっぱんの手続きより一切いっさい費用ひようの事まで引受ひきうけられ、日ならずして予がのぞみのごとくなる冊子さっし数百部を調製ちょうせいせしめて予におくられたり。
そして六百何十円——約七百円近く集まった金は一銭の剰余も不足もなく金ピカの大礼服及び付属品一切いっさい代として決算せられたのである。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
詳しくしらべたるも、飛行機関と思われるものは一切いっさい見あたらず、想像するにこの飛空機は火星と月との間の引力を利用せるものと思わる
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
小山「オヤオヤよく中の物がシューっと縮まりませんね。私どもでは出来上るまで一切いっさい戸をけないとめておきます」お登和嬢
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それから日比谷ひびやで写真をって、主人、伯父、郷里の兄、北海道の母にとどく可く郵税ゆうぜい一切いっさいはらって置いた。日比谷から角谷は浅草あさくさに往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
海水着を持たない私にも持物を盗まれる恐れはあったので、私は海へはいるたびにその茶屋へ一切いっさいてる事にしていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腫物はれもの一切いっさいにご利益りやくがあると近所の人に聴いた生駒いこまの石切まで一代の腰巻こしまきを持って行き、特等の祈祷きとうをしてもらった足で、南無なむ石切大明神様
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
求めずとも必ずしも得られぬのではない。道元自身は「一切いっさい一物いちもつを持たず、思ひあてがふこともなうして」十余年を過ぎた。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
青木がその裏へ越して以来の、極く最近のつきあいで、もと薬剤師だったというほか、くわしいことは一切いっさい知らなかった。
昆虫図 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私は塩たれたメリンスの帯の結びめに、庖丁ほうちょう金火箸かなひばしや、大根り、露杓子つゆじゃくしのような、非遊離的ひゆうりてきな諸道具の一切いっさいはさんだ。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あるいはこの日暮頃にでもむものか、もしくは今にもむものか、一切いっさい判らないが、その降り止む時刻によって恐水者の運命は決するのである。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
また葬式一切いっさいの費用に関しても、最早もはや自分の衣類道具も片なくなっているさいでもあるし、如何どんな事をするかも知れない
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
仏教の出発点は一切いっさいの生物がこのように苦しくこのようにかなしい我等とこれら一切の生物と諸共もろともにこの苦の状態を離れたいとう云うのである。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あなたの一身上いっしんじょう事柄ことがらは、現世げんせったときのことも、またこちらの世界せかいうつってからのことも、一切いっさいいてります。
「そうです。なんどあなたはこの直義へ仰っしゃったか。一切いっさい権限けんげんはそちにゆだねる。政務軍事、おもなることはそちがやってくれと。しかるに」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は一切いっさい関係せず、ただひとり世の中を眺めて居るうちに、段々時勢が切迫して来て、或日あるひ三郎助さぶろうすけう人が私の処に来て、ドウして引込ひっこんで居るか。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
事実、彼には、孔子の前にいる時だけは複雑な思索しさくや重要な判断は一切いっさい師に任せてしまって自分は安心しきっているような滑稽こっけいな傾向も無いではない。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その低くしげった枝の下に立っていれば、夜のやみがゆるす限りは、あたりで起ることの一切いっさいが、よく見えるのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ことに壮士坊主などは歌を謡うやら角力すもうを取るやら、何が何やら寺の中一切いっさいが乱暴世界になったとしか見えない。近来ますます甚しくなったようです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
私はその時、この上妻に心配させないために、一切いっさい第二の私に関しては、口をつぐもうと決心したのでございます。
二つの手紙 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
俳句はことに言語、文法、切字、仮名遣など一切いっさいなき者と心得て可なり。しかし知りたき人は漸次に知り置くべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
なるほど火の芸術は! 一切いっさい芸術の極致きょくちは皆そうであろうが、明らかに火の芸術は腕ばかりではどうにもならぬ。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
南無阿保原なむあぼはらの地蔵尊、口中こうちゅう一切いっさいやまいを除かせたまえ」と言って、その煙草を御供え申したのだそうである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのついでに友人の来書一切いっさいおさめた柳行李やなぎごおりを取出しその中から彩牋堂主人の書柬しょかんえらみ分けて見た。雨の夜のひとりみこんな事でもするよりほかに用はない。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして人身御供ひとみごくうげられるものも、一切いっさいかみさまのおこころまかせで、かみさまが今年ことしはここのいえものろうとおぼしめすと、そのいえ屋根やねむね白羽しらはちます。
しっぺい太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
後に買った大久保おおくぼの家に、書斎を新しく建て増しする時、一切いっさいの設計や事務を妻に一任して、自分は全く無頓着むとんちゃくで居たが、それでも妻が時々相談を持ちかけると
その横の真黒くすすけた柱へ「掛売かけうり一切いっさい御断おことわり」と書いた半切はんぎりが貼って在るが、煤けていて眼に付かない。
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、厭人病や旅行などで、平田という男性を世間の目から隠して置いて、あなたが変装をして平田夫人に化け平田に代って原稿の話まで一切いっさい切り廻していたのです。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二人で懇談こんだんを重ねた結果、具体案を作って寄付者に提示したところ、先方では、その根本方針に双手もろてをあげて賛成し、一切いっさいを田沼さんの自由な処理にゆだねたばかりでなく
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
同胞はらからもあらず、情夫つきものとてもあらざれば、一切いっさいの収入はことごとくこれをわが身ひとつに費やすべく、加うるに、豁達豪放かったつごうほうの気は、この余裕あるがためにますます膨張ぼうちょうして
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それも、不意に一切いっさいがトンネルの闇に消されると、急に車輪の響きがひどく耳にこたえた。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
じょちゅうが水こんろを持って入って来た。もう一切いっさいの物を二階のあがり口へ持って来てあると見えて、こんろのあとから広蓋ひろぶたに入れた肉や銚子ちょうしなどを持って来た。鍋の中ではもう汁が煮たっていた。
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「すべて、どこへ行くとか何をするとか——その辺のところは一切いっさいお訊きにならず、ただ手前の指図どおり親船に乗った気で、ちかく“Salemサレム”をでる『フラム号』という船にのって頂く」
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それより飲料に供すべき氷雪の収拾、室内の掃除、防寒具の調製、その他炊事すいじ一切いっさいの事を同人に一任し、予はもっぱら観測に従事し、やや骨を休むることを得て、ずこれまでの造化の試験をつつがなく
それをくと、とうさんは半信半疑はんしんはんぎのままで、むすめそばはなれた。日頃ひごろかあさんのやくまでねて着物きもの世話せわからなにから一切いっさいけているとうさんでも、そのばかりはまったとうさんのはたけにないことであった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
椴松の生体はここに一切いっさい木っ羽微塵となってしまった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
しかしその時は一切いっさい以前の出来事は忘れていた。
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
一切いっさい合財がっさいをぶちまけて聴かせたのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「まず一切いっさいで五百両」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
僕の母は薄々その事情を知っているのでしょうが、これも僕たちに向ってはなんにも話したことはありませんから、一切いっさいわかりません。
鰻に呪われた男 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「……ボゴビ、ラザレフ岬。四日完了。……総攻撃開始は十日の予定、それまでにR区各員は一切いっさいの準備を終了し置くを要す」
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
不思議な事にこれほど神妙にあてられたものが、今はけろりとして、一切いっさい神妙気を出さないのみか、人からは横着者のように思われている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
古い家ながら小人数こにんずには広過ぎるうちを建て、盛に果樹観賞木を植え、一切いっさい永住方針を執って吾生活の整頓に六年を費した。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ったことのある境地ところでございますから、道中どうちゅう見物けんぶつ一切いっさいヌキにして、私達わたくしたちおもいに、あのものすごい竜神りゅうじん湖水こすいほとりしまいました。
拝領の紋服をその日に売る爾う云う風に構えて、一切いっさい政治の事について口を出そうと思わない。思わないから奥平のやしきで立身出世しようとも思わない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その重なるは麺麭ぱんに作る麦粉、生麦を始め一切いっさいの食物及び植物学上に知られているすべての草木の種などであった。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
貼紙ペーパーを見給え。膃肭獣おっとせいだよ。膃肭獣の缶詰さ。——あなたは気のふさぐのが病だって云うから、これを一つ献上します。産前、産後、婦人病一切いっさいによろしい。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)