)” の例文
次年元治紀元甲子四月五日に異母兄徴が歿し、ついで慶応紀元乙丑八月に母も亦歿した。徴は年をくること僅に三十八であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
貧福をいはず、ひたすら善をまん人は、その身に来らずとも、子孫はかならず幸福さいはひべし。一〇三宗廟そうべうこれをけて子孫これをたもつとは、此のことわりの細妙くはしきなり。
此年は伊沢氏と旧好ある人々の中で、門田もんでん朴斎と渡辺樵山せうざんとの歿した年である。朴斎の死は行状に拠るに一月十一日戌牌じゆつはいで、年をくること七十七であつた。墓表は小野湖山が撰んだ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)