“通途”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
つうず75.0%
つうづ25.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
三昧のじょうを出て説いたのは通途つうずの経文である。定中の説の超越的、含蓄的なるには及ばない。そういってあの宗の人はありがたがっている。
人世の困難に遭遇であって、独りで苦悩して独りで切抜けると云うは俊傑すぐれものる事、なみ通途つうずの者ならばそうはいかぬがち。自心に苦悩が有る時は、必ずその由来する所を自身に求めずして他人に求める。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
若し通途つうづの説を以て動すべからざるものとなして、たゞちに伊沢氏の伝ふる所を排し去つたなら、それは太早計たいさうけいではなからうか。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
通途つうづの説に従へば、始て朱註の四書を講じたものは僧玄慧げんゑで、花園、後醒醐両朝の時である。然るに霞亭は首唱の功を藤房の師垂水たるみ氏に帰してゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)