纒綿てんめん)” の例文
といって、たもとを引き留めたものの、やはりお通も、不可抗力なものでただ纒綿てんめんと泣くだけの女性をしか示すことが出来なかったのである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸福中にもまた満足中にも人をして沈鬱ちんうつに後方をふり返り見させる記憶の纒綿てんめんから、彼が免れていたと思ってはいけない。
例えばゲーテ、シルレル、バイロン、ハイネの如き、何れも情緒纒綿てんめんたる恋愛詩の詩人であって、同時に一方でヒロイックな叙事詩を書いている。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
豊川はなにも言わないが、やはり倫子の運命を気にしているのだとみえ、クレーデル号の話になると、心の落莫は隠しきれず、渋く唇をひき結んで纒綿てんめんたる思いを見せた。
川波 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
殊に後者の場合は、前に述べた観察と錯綜し纒綿てんめんする。
文章を作る人々の根本用意 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こういう繰りごとを、彼は、朱実へ対していうのか、自己をなぐさめるためにいうのか、纒綿てんめんとさっきから枕許に坐ってつぶやいているのであった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
直視するに忍びない纒綿てんめんたる情景だったということだった。
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
こうも思い、ああも思い、女性の感傷は、纒綿てんめんの涙と戯れているようだった。糜夫人も、共に慟哭どうこくしながら、こよいの関羽の酒気をひがんで云った。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その音のうちには人生のはかなさだの、煩悩ぼんのうだの、愚痴ぐちだの、歎きだのが、纒綿てんめんとこぐらかっているように聞えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)