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給田
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きゅうでん
ふりがな文庫
“
給田
(
きゅうでん
)” の例文
九文給あるいは
雲久
(
くもんきゅう
)
などと、その昔の
給田
(
きゅうでん
)
の地名となって残っている例があるが、いわゆる名主・庄屋の元の形を示す名称として存するのは珍しい。
地名の研究
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
其死を
目撃
(
もくげき
)
した人の話に、デカは昨日甲州街道の
給田
(
きゅうでん
)
に遊びに往って、夕方玉川から帰る自動車目がけて
吠
(
ほ
)
え付いた。
みみずのたはこと
(新字新仮名)
/
徳冨健次郎
、
徳冨蘆花
(著)
その功もあって、平ノ忠盛には、
給田
(
きゅうでん
)
を増され、特に昇殿の資格もゆるされた。
新・平家物語:02 ちげぐさの巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
今日
(
きょう
)
余は女児と三疋の犬とを連れて、柿を
給田
(
きゅうでん
)
に買うべく出かけた。薄曇りした晩秋の寂しい午後である。
みみずのたはこと
(新字新仮名)
/
徳冨健次郎
、
徳冨蘆花
(著)
空で覚えている一二の実例をいうと、
公文
(
くもん
)
すなわち荘園時代の書記役の
給田
(
きゅうでん
)
の地を、
公文給
(
くもんきゅう
)
と呼んでいるのは古い名残であるのに、それを今「九文久」と書いている処がある。
地名の研究
(新字新仮名)
/
柳田国男
(著)
▼ もっと見る
給田
(
きゅうでん
)
の
収入
(
みいり
)
は薄く、余得もなく、武士の貧乏は、通り相場なのだった。
新・平家物語:02 ちげぐさの巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
千歳村は以上三の
字
(
あざ
)
の外、
船橋
(
ふなばし
)
、
廻沢
(
めぐりさわ
)
、
八幡山
(
はちまんやま
)
、
烏山
(
からすやま
)
、
給田
(
きゅうでん
)
の五字を有ち、最後の二つは甲州街道に
傍
(
そ
)
い、余は何れも街道の南北一里余の間にあり、粕谷が丁度中央で
みみずのたはこと
(新字新仮名)
/
徳冨健次郎
、
徳冨蘆花
(著)
“給田”の解説
給田(きゅうでん)・給畠(きゅうはく)・給田畠(きゅうでんぱく)は、日本の中世において、荘園領主や国衙が、荘官、地頭、年貢運輸者・手工業者などに対して給与した田地または田畠地をいう。近世においては、庄屋などの村役人へ給与された田地を給田と呼んだ。
(出典:Wikipedia)
給
常用漢字
小4
部首:⽷
12画
田
常用漢字
小1
部首:⽥
5画
“給”で始まる語句
給
給仕
給金
給仕人
給料
給人
給仕頭
給仕女
給事
給使