温味ぬくみ)” の例文
博士はしゃがんだ。「まだいくらか温味ぬくみがあります、しかし息はもう絶えているようです。持上げますからちょっと手伝って下さいませんか」
凡そ鮪の土手を分厚の短冊におろして、伊豆のツンとくるやつをはらませ、握りたてのまだ手の温味ぬくみが失せぬほどのを口にする旨さは、天下これに上こす類はないのだ。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
なお幾夜かくあるべくありしなり、阿園には夫婦のむつみいまだ尽きず、ねや温味ぬくみいまだに冷えず、恋の夢ただ見初めたるのみなりしなり、彼は哀れにも尼の願いを起し
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
けれど、気の弱い私は宿の者にその旨申し出ることもできず、辛抱して、なるべく温味ぬくみの多そうな隅の方にちぢこまって、ぶるぶる顫えていると、若い男がはいって来た。
秋深き (新字新仮名) / 織田作之助(著)
私は、吸い物椀を手に持った時の、掌が受ける汁の重みの感覚と、生あたゝかい温味ぬくみとを何よりも好む。それは生れたての赤ん坊のぷよ/\した肉体を支えたような感じでもある。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「をツさん、筆……筆。」と、お文は銀場の筆を叔父の手から取り戻して、懈怠けだるさうに、叔父の肥つた膝の温味ぬくみの殘つた座蒲團の上に坐ると、出ないのを無理に吐き出すやうな欠伸を一つした。
鱧の皮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「まだ、温味ぬくみがあるか」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「をツさん、筆……筆。」と、お文は銀場の筆を叔父の手から取り戻して、懈怠けだるさうに、叔父の肥つた膝の温味ぬくみの残つた座蒲団の上に坐ると、出ないのを無理に吐き出すやうな欠伸あくびを一つした。
鱧の皮 (新字旧仮名) / 上司小剣(著)