母乳ちち)” の例文
仏前にまいるにも、弟子と話すにも、南縁みなみえんから、三十六峰の雲をながめているにも、その膝には、母乳ちちを恋う良人おっとの分身をのせていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家にあっても、良人の職とする町奉行というものの重責に何か、大事が起ったと感じると、彼女の母乳ちちの出方にもすぐひびいた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
乏しい母乳ちちを無理に吸われるので、乳くびがうずき痛むたびに、牛若の顔をのぞいても、わが生命いのちを、わが生命とのみは、考えられなかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
路傍から少し横に這入った杉林の中の氏神の縁に、彼女は、疲れ果てた二児をなだめ、牛若に母乳ちちを与えていたところだった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(子は母乳ちちが出ないで泣いている。妻は、孤愁こしゅうに痩せている。そういう犠牲をつくってまで、自分の本分を満足させる。それでよいか、父として、人間として)
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥へ歩いてゆくうちに、内蔵助は、冬野のような淋しさにつつまれた——妻の声がしない、母乳ちちの香がしない。たまらない空虚が、どの部屋をも冷々とさせている。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子の土産みやげにと、梅軒が買って来たあの風車だった。そればかりでなく、ふと気づくと、武蔵が顔までかぶっていた夜具のえりにも、母乳ちちのにおいが深くしみこんでいたのである。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「なにしろ、家内の母乳ちちが出ませんので、乳児ちのみには、くず、米の粉などを湯掻ゆがいては、飲ませておりますが、今夕、この辺りの散所街さんじょまちは、どこもかしこも、えらい騒ぎでございましてな」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
尋有は、ふと、そこから洩れる甘い母乳ちちの香に、自分の幼いころを思いだした。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明けて二歳になったばかりの牛若うしわかである。たださえかんのつよい子なのに、年暮としくれの戦から夜も易々やすやす寝たことはなく、食物たべものも喰べたり喰べなかったりなので、母乳ちちはすっかり出なくなっていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このところ、彼女は母乳ちちが出ないので、悩んでいた。良人はどこへ行ってどうなっているのか。その消息はいっこうにわからない。騒擾そうじょうのうちに、暗殺されたといううわささえちまたには飛んでいる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(……彼妻あれも、母乳ちちが)
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)