日置ひおき)” の例文
鹿児島から西北六里ばかり、伊集院いじゅういん町には一里である。今は薩州日置ひおき郡に属する。苗代川なえしろがわはその陶郷の名である。高麗人こうらいじんの住家としてその歴史は永い。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
小さい磯山川でも砂持の力は存外大きく、また存外遠方まで運んで行くものである。薩州西海岸の南部すなわち日置ひおき郡の旧阿多地方の吹上はすばらしいものである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
堀川筋、日置ひおきの地点、そこに出来ている材木小屋の中に、さもノンキそうに薬草道人、私娼のお吉と話していた。木小屋と云っても作ったものではない。自ずから出来たものである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
諸国の高山において山草が一時に花咲くのを、山の神の苗場またはお花畠と称するのと同じ思想である。南は薩州日置ひおき郡伊作村の与倉という部落にも清い泉のいて田にそそぐのがある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ええとそれから日置ひおき神社の方へは、留吉を大将にこれも五十人。それからこの家を取り巻いて、やはり五十人だけ配って置きました。それから二十人をバラバラに分け、物見に出して置きました
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日向国ひゅうがのくに東諸県ひがしもろかた郡の本庄や、薩摩国さつまのくに日置ひおき伊作いざくや、肥前国ひぜんのくに北高来きたたかき湯江ゆえ村や、まだ色々の個所がありますが、九州第一の紙の郷土は筑後国ちくごのくに八女やめ郡でありまして、矢部川に沿う村々で盛に漉かれます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)