“肥前国”の読み方と例文
旧字:肥前國
読み方割合
ひぜんのくに100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
じゅりあの・吉助(きちすけ)は、肥前国(ひぜんのくに)彼杵郡(そのきごおり)浦上村(うらかみむら)の産であった。早く父母に別れたので、幼少の時から、土地の乙名三郎治(おとなさぶろうじ)と云うものの下男(げなん)になった。
じゅりあの・吉助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
日向国(ひゅうがのくに)東諸県(ひがしもろかた)郡の本庄や、薩摩国(さつまのくに)日置(ひおき)郡伊作(いざく)や、肥前国(ひぜんのくに)北高来(きたたかき)郡湯江(ゆえ)村や、まだ色々の個所がありますが、九州第一の紙の郷土は筑後国(ちくごのくに)八女(やめ)郡でありまして、矢部川に沿う村々で盛に漉かれます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
舟は豊後国佐賀関(ぶんごのくにさがのせき)に着いた。鶴崎(つるさき)を経て、肥後国(ひごのくに)に入り、阿蘇山(あそさん)の阿蘇神宮、熊本の清正公(せいしょうこう)へ祈願に参って、熊本と高橋とを三日ずつ捜して、舟で肥前国(ひぜんのくに)島原に渡った。そこに二日いて、長崎へ出た。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)