断片かけら)” の例文
旧字:斷片
金では、人の心の愛情の断片かけらをさへ、買ひ得ないことを告白してゐる。彼は、今自分の非を悟つて、瑠璃子の前に平伏して彼女の愛を哀願してゐる。敵は脆くも、降つたのだ。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「坊ちゃん、こんな断片かけらばかりですけれど、これでも東京へ持って帰ってその道の人に見せるとよだれを流しますよ。『お土産に瓦』は洒落ているでしょう? 舌切雀だ。重いですよ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
摺木すりこぎに足が生えたり、やぶれ障子が口を開けたり、時ならぬ月がでなどするが、例えば雪の一片ひとひらごとに不思議の形があるようなもので、いずれも睡眠に世を隔つ、夜の形の断片かけららしい。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伽羅や沈香は、こちとらの家にある品じゃない——ところで、鋳掛屋いかけやの権次は空地のどの辺に店を張って仕事をしているんだ。だいたい場所がきまっているだろう、炭の断片かけらか、鉄屑かなくずがあるはずだ。
とお歌さんが言った、通というのは、毎日のように此界隈を歩く狂人きちがいの乞食で、茶碗の断片かけらでも下駄の棄てたのでも、何でもかんでも手当り次第に拾って懐へ入れる。其れが病気なのだそうだ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
あれだけ傲岸ごうがんで黄金の万能を、主張していた男が、金で買えない物が、世の中にげんとして存在していることを、いさぎよく認めている。金では、人の心の愛情の断片かけらをさえ、買い得ないことを告白している。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)