懐子ふところご)” の例文
旧字:懷子
まことに、旅は大正昭和の今日、汽車自動車の便あればあるままにくつらくさびしく、五十一歳の懐子ふところごには、まことによい浮世の手習いかと思えばまたおかしくもある。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
忠兵衛が文化七年に紙問屋かみどいや山一やまいちの女くみをめとった時、牧は二十一歳になっていた。そこへ十八歳ばかりのくみは来たのである。くみは富家ふうか懐子ふところごで、性質が温和であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
並みの懐子ふところごとは違って、少しの苦しみやつらいくらいは驚きゃしないから
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
わば、懐子ふところご或は上田秋成の用語例に従えば、「ふところおやじ」である人さえ多すぎる為である。もっと言い換えるのもよいかも知れぬ。生みの苦しみをわりあいに平気で過している人が多いと。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
境遇の懐子ふところごたる純一ではあるが、優柔な efféminéエッフェミネエ な人間にはなりたくないと、平生心掛けている。折々はことさらに Spartaスパルタ 風の生活をして見ようと思うこともある位である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)