対蹠たいせき)” の例文
セレナ夫人は、毛並の優れたセントバーナードドッグの鎖を握っていて、すべてが身長と云い容貌と云い、クリヴォフ夫人とは全く対蹠たいせき的な観をなしていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この点において愛は名誉心と対蹠たいせき的である。愛は謙虚であることを求め、そして名誉心は最もしばしば傲慢ごうまんである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
自分自身のうしろにちぢこまっているようであるのと対蹠たいせき的に、とらはいつも堂々といばりかえって、なにもかも気にくわん、とでもいうような眼つきで
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
数分間のうちにかの女は、この群の人々とむす子との間に対蹠たいせきし、或は交渉している無形な電気を感じ取った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
けれども自分の本性は、そんなお茶目さんなどとは、およ対蹠たいせき的なものでした。その頃、既に自分は、女中や下男から、かなしい事を教えられ、犯されていました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
同じアウアー門下にも、エルマンとハイフェッツは、対蹠たいせき的な二大異彩と見られていた。エルマンの甘美さと、ハイフェッツの冷美さは、一見全く違ったものである。
が両親の知らない、子供の出来た女を残して征った弟とは対蹠たいせき的に、表面全く異性との色彩を持たない潔癖を誇ろうという、低俗な見栄も多分に働いているのではなかったろうか。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
塚田は木村と対蹠たいせき的な鋭い棋風であるが、一抹、彼とは似た棋風でもある。
勝負師 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
およそ対蹠たいせき的なこの二人の間に、しかし、たった一つ共通点があることに、おれは気がついた。それは、二人がその生き方において、ともに、所与しょよを必然と考え、必然を完全と感じていることだ。
ケンプはバックハウスとは対蹠たいせき的な非技巧家ではあるが、それに比べると、バックハウスの演奏は天衣無縫と言った趣で、なんの技巧も意識させることなしに、難曲中の難曲を
当時フランス文壇に異彩を放った閨秀けいしゅう作家で、ショパンよりは年上であり、その性格、肉体、趣味、ことごとくショパンと対蹠たいせき的な存在であったが、ゆくりなき奇縁が、天才ショパンと結びつき
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)