喜撰きせん)” の例文
その一番奥のかけ離れた二間つづき、裏梯子があるので人と顔を合せずに出入りができるので、喜撰きせんでは特別いい部屋としてある。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしの見物した日には、菊五郎は病気だというので、その持役のうちで河童かっぱの吉蔵だけを勤め、藤井紋太夫と浄瑠璃の喜撰きせん法師は家橘が代っていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかし、踊は勿論、当人が味噌を上げるほどのものではない。悪く云えば、出たらめで、善く云えば喜撰きせんでも踊られるより、嫌味がないと云うだけである。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
番組は「鶴亀つるかめ」、「初時雨はつしぐれ」、「喜撰きせん」で、末にこのみとして勝三郎と仙八とが「狸囃たぬきばやし」を演じた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
{1}『船頭部屋』に「ここも都の辰巳たつみとて、喜撰きせんは朝茶の梅干に、栄代団子えいたいだんごかどとれて、酸いも甘いもかみわけた」という言葉があるように、「いき」すなわち粋の味は酸いのである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
そうに違いない。そうでなければ「かっぽれ」かな……喜撰きせんでも踊るのか知ら。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、お杉は、茶筒ちゃづつから喜撰きせんを、急須きゅうすに移しながら。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
これは一つ、天堂一角に出世のつるをつかませるていにケシかけて、喜撰きせん風呂へ連れこんでやろう——こうお十夜は考えた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もっともそこは、喜撰きせんという額風呂がくぶろの奥で、湯女ゆなを相手に、世間かまわず騒げるような作りなので、さっきからの半鐘も、聞こえぬくらいに静かなのである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)