右衛門佐うえもんのすけ)” の例文
内膳正の子が左兵衛、左兵衛の子が右衛門佐うえもんのすけ、右衛門佐の子が与左衛門で、与左衛門は朝鮮征伐のとき、加藤嘉明よしあきに属して功があった。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
黒田右衛門佐うえもんのすけ忠之は放縦の行跡がつのって政道が乱れ、鳳凰ほうおう丸の建造や足軽隊の新設など、幕府の忌諱に触れるような事件が続発するうえ
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
昔ほどではないがその後も右衛門佐うえもんのすけは家に属した男として源氏の庇護ひごを受けることになっていた。紀伊守きいのかみといった男も今はわずかな河内守かわちのかみであった。
源氏物語:16 関屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その大任を負って、新田右衛門佐うえもんのすけ義貞はいま、身のしまるおもいで、南殿なんでんの下にぬかずいた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右衛門佐うえもんのすけとは藩主水野家の世子せいし忠春ただはるのことをいう。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
源氏の車はみすがおろされていた。今は右衛門佐うえもんのすけになっている昔の小君こぎみを近くへ呼んで
源氏物語:16 関屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
また朝暮ちょうぼ、禁門をまもる近衛府とともに、みかどの、もっとも信頼に足る武将でもなければならない。そのひとは誰か。人々は注目したろう。ほかならぬ、新田右衛門佐うえもんのすけ義貞だった。
正四位ノ右衛門佐うえもんのすけじょし、越後守とし、あわせて上野こうずけ播磨はりまを下さる。
新田右衛門佐うえもんのすけ義貞