八重桜やえざくら)” の例文
一家の誰の眼も、にこやかに耀かがやき、床の間に投げ入れた、八重桜やえざくらが重たげなつぼみを、静かに解いていた。まことになごやかな春のよいだった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わたくしの自由になったのは、八重桜やえざくらの散った枝にいつしか青い葉がかすむように伸び始める初夏の季節であった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
多作第一とも称すべき八重桜やえざくら氏は毎季数千句を寄せられ一題の句数大方二十句より四、五十句に及び候。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
床の間には、赤々した大きい花瓶に八重桜やえざくらが活けられて、庭のはずれのがけからはうぐいすの声などが聞えた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
下落合の丘には、あの細々と背の高い榎はないが、アカシアとポプラと桜が私の家を囲んで、春は垣根の八重桜やえざくらが見事に咲き、右手の桜の垣根の向うは広々とした荒地になっている。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
……きざはしの前に、八重桜やえざくらが枝もたわわに咲きつつ、かつ芝生に散って敷いたようであった。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)