伊織いおり)” の例文
二三日して、とぼしい手まはりのものを持つて妙子は隆吉におくられて、伊織いおりのアパートに行つた。伊織はちやんと部屋の中を片づけて待つてゐた。
崩浪亭主人 (旧字旧仮名) / 林芙美子(著)
森枳園、名は立之りっし、字は立夫りつふ、初め伊織いおり、中ごろ養真ようしん、後養竹ようちくと称した。維新後には立之を以て行われていた。父名は恭忠きょうちゅう、通称は同じく養竹であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「七年前まで、谷口樣と私の配偶つれあひの小倉嘉門と、右隣の矢並樣御先代伊織いおり樣とは、御同藩でございました」
「——伊織いおり、伊織。はやく来い。持って行くような物は何もあるまい。あっても、未練を残すな」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
亡父の姓を取って小野塚伊織いおりと名乗っている男装の弥生、ぼんやりとそこに揚がっている絵看板をふり仰ぐと、りゅうという唐人刀操師とうそうしの見世物小屋で、大人五文、小人三文——。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「そのかた芳村伊織いおりっていう人なんでしって」とおわきは話し続けていた
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「この間まで元町の本野伊織いおり様御屋敷に勤めておりましたが、今はどこにいるか一向にわかりません」
「だいぶ神経を起こしておられる。伊織いおり、ちょっと御寝所へ行って揺り起こしてあげい」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲斐の子四人、長男の帯刀、帯刀の子の采女うねめ(五歳)伊織いおり(当歳)。
元町の本野伊織いおり屋敷へ行つて見ましたが、中間の源次は不都合のことがあつて、二た月ほど前に暇を出したといふだけ、奉公人にも家族にも何んの變りもありません。
伊織いおりは、庫裡くりへ来て
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「御免、平次殿はお在宅か。拙者は小堀和泉守家中、桑原伊織いおり——」
伊織いおりか」
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
被思召付尊札おぼしめされつけのそんさつ 忝次第かたじけなきしだいに御座候 随而したがつてせがれ伊織いおり儀 御成に立申趣たちまをすのおもむき大慶に奉存候 拙者儀老足可被成御推量らうそくごすゐりやうなさるべく候 貴公様 御はたもと様 御家中衆へも手先にて申置候 ことに御父子共 本丸迄 早々被成御座ござならせられ(候)趣 驚目きやうもく申候 拙者も石にあたり すねたちかね申故 御目見得にも被仕不仕つかまつられず猶重なほかさねて 可得尊意候そんいをうべくさふらふ 恐惶謹言
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)