“じょうこう”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
上皇25.0%
城隍25.0%
襄江16.7%
定考8.3%
承香8.3%
条項8.3%
襄公8.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
また、蒙古の侵略を打ちくだき、人心を一家におさめていた。北条氏は、自家の権力にたいする反逆人として、三人の上皇じょうこうを流刑に処した。人民は北条氏に服した。
今更云うまでもない事だが、鬼狐の談に富んだ支那の小説では、城隍じょうこうを始め下廻りの判官や鬼隷きれいも暇じゃない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「夜、襄江じょうこうで網をかけておりましたところ、一道の光とともに、河底からこんなものが揚がりましたので」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冷泉れいぜんをレンゼイ(後にはさらにレイゼイと訛る)、定考じょうこうをコウジョウ、称唯しょういをイショウ、あらたしいをアタラシイ、身体からだをカダラ、茶釜ちゃがまをチャマガ、寝転ぶをネロコブという類みなこれである。
それでも「仁寿」「承香じょうこう」「常寧じょうねい」「校書」「清涼」「弘徽こき」「麗景」「登花」の八殿でんせられている大屋根と大屋根との谷はずいぶん長い
さらにとうの直義は、今後、政治の面からは一切身を退く。そして鎌倉から尊氏の嫡男義詮よしあきら(幼名、千寿王)を呼んで直義の後任にすえる、という条項じょうこうだった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
魯の襄公じょうこうが死んで若い昭公の代となる頃から、叔孫の健康が衰え始めた。丘蕕きゅうゆうという所へ狩りに行った帰りに悪寒を覚えて寝付いてからは、ようやく足腰が立たなくなって来る。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)