“かんげつ”の漢字の書き方と例文
語句割合
寒月100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
明治四十八年には三階を建て五十八年に四階を建てて行くと死ぬまでにはよほど建ちます。新宅開きには呼んで下さい。僕先達せんだって赤坂へ出張して寒月かんげつ君と芸者をあげました。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
牛頭山前よりは共にとちぎりたる寒月かんげつ子と打連れ立ちて、竹屋の渡りより浅草にかかる。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
二十二年の七月廿にぢう三号の表紙をへて(桂舟けいしうひつ花鳥風月くわてうふうげつ大刷新だいさつしんわけつた、しきり西鶴さいかく鼓吹こすゐしたのはの時代で、柳浪りうらう乙羽おとは眉山びさん水蔭すゐいんなどがさかんに書き、寒月かんげつ露伴ろはん二氏にし寄稿きかうした
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)