おも)” の例文
夜もすがら枕近くにありて悄然しよんぼりとせし老人二人のおもやう、何處やら寢顏に似た處のあるやうなるは、此娘このこの若しも父母にては無きか
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
……おもうつりがするんだろうね。……だけど、そんなことを姉さんに言おうものなら、気にしそうだから、あたしゃ黙っているのさ。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それらの無数な精霊しょうりょうに内心で直面するとき、正成はいつもそそけ立ッたおももちになる。ひとりの犠牲もにしてはと詫びるのらしい。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女が「おもはゆげに」罪を謝したと云う「道阿弥話」の記事は、いかに此の夫人が己れの悲しむべき過失を悔悟かいごしたかを語っている。
せているので、ほんとうの身丈みのたけよりずっと長身に見える。おもざしは冷たすぎるほど端正たんせいで、象牙のようなえかえった色をしていた。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
水のおもは秋の空、みぎわに蘆の根が透く辺りは、薄濁りに濁って、二葉ふたは三葉みは折れながら葉ばかりの菖蒲あやめの伸びた蔭は、どんよりと白い。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なにとなく薄淋うすさびしくなつたなみおもながめながら、むねかゞみくと、今度こんど航海かうかいはじめから、不運ふうんかみ我等われら跟尾つきまとつてつたやうだ。
取出してのみ暫時しばし其處に休み居ける中段々夜も更行ふけゆき四邊あたりしんとしける此時手拭てぬぐひに深くおもてをつゝみし男二人伊勢屋のかどたゝずみ内の樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
何だかこう、昨夕ゆうべまで濁っていた沼のおもが、今朝けさ起きて見ると、すっかりと澄みわたっているので、夢ではないかと思うような気がする。
松井須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
とはいえ、俺はどうにも、おもはゆくて弱った。何しろ肖像を描かれるなんぞ、この齢になっても、まったく初めての経験なのだから……。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
夏頃のゆき子とは、すつかりおもがはりして、ふつくらと肥り、からだつきも若々しく豊かになり、仏印の頃のゆき子の面影を取り戻してゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
三十をもう五つ六つ越したと思われる年頃だが、そのおもやつれが却つてかげを深くするなまめかしさで、彼の神経を容赦なく撫でまわした。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
月光げつくわうそのなめらかなる葉のおもに落ちて、葉はながら碧玉へきぎよくあふぎれるが、其上そのうへにまた黒き斑点はんてんありてちら/\おどれり。李樹すもゝの影のうつれるなり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
丁蘭は彫物ほりものの道にかけては、ずぶの素人だつたが、出来上つた木像を見ると、簡素なうちに母親にそつくりなおもざしがあつた。
が、そのあひだ勿論もちろんあの小娘こむすめが、あたか卑俗ひぞく現實げんじつ人間にんげんにしたやうなおももちで、わたくしまへすわつてゐることえず意識いしきせずにはゐられなかつた。
蜜柑 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私はすぐってそこの廊下の雨戸を一枚けて、立って待っておると戸外おもておぼろの夜で庭のおもにはもう薄雪の一面に降っていた。
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
かいからしたたる水は、ささやかな琶音アルペジオや半音階を奏した。乳色のもやが河のおもに揺れていた。星がふるえていた。鶏が両岸で鳴きかわしていた。
相して貧きに失ふアヽあやまちぬとくゆるにつけても昨夜の泊り醉狂に乘じて太華氏露伴子に引別れたる事のおもなさよ今日は先に中津川に待ち酒肴しゆかう
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
先づその容貌をいはんに為山氏は丈高くおも長く全体にすやりとしたるに反し、不折君は丈低く面鬼の如くひげぼうぼうとして全体に強き方なり。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
とみに答ふべき詞なきを、真女児一〇七わびしがりて、女の浅き心より、一〇八鳴呼をこなる事をいひ出でて、一〇九帰るべき道なきこそおもなけれ。
温泉地であるから、毎晩のように三味線の音や女の唄声などが、宿屋の明るい窓を洩れて、暗い湖のおもに消えていくというような風情があった。
私のふるさと (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
と帆村は沈思し、春部カズ子も黙したままにて帆村のおもに動く一筋の色も見のがすまいとこちらを凝視し、しばし時刻はうつろのままに過ぐる。
千早館の迷路 (新字新仮名) / 海野十三(著)
名乗られて顔をながめると、一高の廊下で時々見かけたころの漱石のおもざしが、非常にはっきりと出ているように思えた。
漱石の人物 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
オオ、いやなこった! と萩乃は、想像の源三郎のおもざしと、この男の顔と、どっちも見まいとするように眼をつぶって
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
妹の爽やかな調子に、圭子はいましがたの自分のあさましい所業に、おもぼてりがして、一時に身内がカーッとほてって、返事をしないでいると
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あの円満うまびとが、どうしてこんな顔つきになるだろう、と思われる表情をすることがある。其おももちそっくりだ、ともっともらしい言い分なのである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
お杉と法師とが全くおもざしを異にして、同じ根同じ土から前後して生れて出ることが、昔の人には珍らしかったのである。
立居のおだやかな寡黙な質で、にこやかなおもだちは親しみ易いが、折おり妙に気詰りな思いがして座をはずしたくなる。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
たちなんかとはなしてゐると三人の位置いちひき玉にかんがへられたり、三つならんだちや碗の姿すがたおも白いおし玉の恰好かつこうに見※たりする。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
ゆえに戦い敗れて彼の同僚が絶望に圧せられてその故国に帰りきたりしときに、ダルガス一人はそのおも微笑えみたたえそのこうべに希望の春をいただきました。
それは、声だけでも無論わかるはずですが、この時は、おもだち、その姿、それがお雪でなければならないと思いました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
池のおも黄昏たそがれる空の光を受けて、きらきらとまばゆく輝き、枯蘆と霜枯れの草は、かえって明くなったように思われた。
元八まん (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そのおもざしがよく似ている。どうやら三人は兄弟らしい。その中の二人は武士であったが、一人は前髪を立てたままの、十七、八歳の少年であった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おもざしの葉子によく似た十三の少女は、汗じみた顔には下げ髪がねばり付いて、ほおは熱でもあるように上気している。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのおもざしの何処やら似ているのを見ると、あるいは兄弟か叔父甥などでは無いかという説もあったが、これとても一部の人々の想像に過ぎなかった。
夫人は先ず船中一の美人であろう。細っそりして、色が白い。身重みおもで、時にはおもやつれがして見えるが、そのせいか何かコケチッシュにも感じられる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「無礼者。わらわを知らぬか」と一睨いちげいすると、呉一郎は愕然たるおももちで鍬を控えて立止ったが、「アッ。貴女あなたは楊貴妃様」と叫びつつ砂の上に跪座きざした。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
多分お父さんとお嬢さんだろう、どこやらおもざしが似ている。男の方は少し前屈みで背がひょろ高かった。顔はまだ若い、それだのに頭髪は真白だった。
妖影 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
折柄の夕陽せきよう横斜よこはすに小虎の半身を赤々と照らした。それが流れの鈍い水のおもにも写るので有った。上にも小虎、下にも小虎、一人が二人に割れて見えた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ハラリと落ちる布のうしろから、現われたのは、アア、果して、果して、行衛不明となっていた、二郎の恋人、花園洋子の、変り果てたおもざしであった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
黄金色こがねいろに藻の花の咲く入江いりえを出ると、広々とした沼のおも、絶えて久しい赤禿あかはげの駒が岳が忽眼前におどり出た。東の肩からあるか無いかのけぶり立上のぼって居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
独立の思想をいだきて、人なみならぬおももちしたる男をいかでか喜ぶべき。危うきは余が当時の地位なりけり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
のみならずそのおもざしは、円頂僧衣えんちょうそういの姿に変ってこそおれ、い初いしさ、美しさ、朝程霧の道ではっきり記憶に刻んでおいたあのなぞの娘そっくりでした。
その彫像はにわかに生気が出てきた! 蒼ざめた大理石のおもざし、膨らんだ大理石の胸、きよらかな大理石の足が、突然、一面に抑えきれぬ紅潮を呈してくる。
すじ向いに座を構えたまうを帽のひさしよりうかゞい奉れば、花の御かんばせすこし痩せたまいて時々小声に何をか物語りたまう双頬そうきょうに薄紅さしておもはゆげなり。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかしただ驚ろかせるだけではつまらない。なるほど画になっていると驚かせなければつまらない。どう工夫くふうをしたものだろうと、一心に池のおもを見詰める。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少年しょうねんには、そのことがなんとなく、おもはずかしいことのようながしました。しかし、このことがあってから、よるになると、人々ひとびとくろ二人ふたりきました。
街の幸福 (新字新仮名) / 小川未明(著)
しばしは庭のすみずみを照らししばらくして次第に消えゆくをかれは静かにながめてありしが火消えて後もややしばらくは真闇まくらなる庭のおもをながめいたりとぞ。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
まれが生まれだけにどことなし、人柄ひとがらなところがあって、さびしいおもざしがいっそうあわれに見える。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
色は衰えたといってもまだのこんの春をたくわえている。おもだちは長年の放埒ほうらつすさんだやつれも見えるが、目もと口もとには散りかけた花の感傷的な気分の反映がある。