はち)” の例文
窓を開けて仰ぐと、溪の空はあぶはちの光点が忙しく飛び交っている。白く輝いた蜘蛛の糸が弓形に膨らんで幾条も幾条も流れてゆく。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
そういっているとき、小食堂の天井てんじょうにとりつけてあるブザー(じいじいとはちのなくような音——を出す一種の呼鈴よびりん)が鳴りだした。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すぐをつとそばから松葉まつばひろげてあななかをつついた。と、はちはあわててあなからたが、たちま松葉まつばむかつて威嚇的ゐかくてき素振そぶりせた。
画家とセリセリス (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
飲める水が出るまでは、島中、はちの巣のようにあなをあけても、井戸をほろう。しんけんである。十六人の、命にかかわる井戸だ。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
かへるにくべにはちをくはへてはうんできますが、そのちひさなかへるにくについたかみきれ行衛ゆくゑ見定みさだめるのです。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
プーンと醗酵はっこうしている花梨かりんれたかきは岩のあいだに落ちて、あまいさけになっている。鳥もえ、栗鼠りすものめ、はちもはこべと——。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことに戦う段になると、それらの各部分は歓喜のあまり、花にむらがる夏のはちのようにいっせいにワァーッと歓声を挙げるのだ。
ワアワアワアワアとはちの巣をつついたような騒ぎのうちに、船はたちまちゴースタンして七千トンの惰力をヤット喰止くいとめながら沖へ離れた。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
はちをつついたような大さわぎになった。大きな子供たちがどたばたかけだしていったあとで、女の子はわあわあ泣きだした。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
はちみたいなだんだらジャケツを着た萩原恭次郎はフランス風の情熱の詩人。そしてみんなムルイに貧しいのは、私と御同様……。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あんなところにはちをかけられては、味噌部屋みそべや味噌みそをとりにゆくときにあぶなくてしようがないということをはなしました。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そしてやけどをひやそうとおもって、水がめの上にかおしますと、かげからはちがぶんととびして、さるの目の上をいやというほどしました。
猿かに合戦 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
自作の英詩に『不平を鳴らすはちの群れ』という題をつけ、これを定価わずかに六ペンスの小冊子に印刷して公にした事がある。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
形態的けいたいてきにははちの子やまたかいことも、それほどひどくちがって特別に先験的せんけんてきにくむべく、いやしむべき素質そしつ具備ぐびしているわけではないのである。
蛆の効用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私が、おとなしく昼寝をしていて、なんにもしないのに、はちが一匹、飛んで来て、私の頬を刺して、行った。そんな感じだ。全くの災難である。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それらの希望は、はちの巣における戦いの騒音のように、一種の快活なまた恐ろしいささやきとなって、人々の群れから群れへとかわされていた。
双方から打つ玉は大抵頭の上を越して、堺筋さかひすぢでは町家まちやの看板がはちの巣のやうにつらぬかれ、檐口のきぐちの瓦がくだかれてゐたのである。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
という頃は、低声こごえであとをつけるのが、ぶつぶつぶつ、ぼうぼうと鳴いて、羽の生えたものは、も、はちも、天人であるかのごとくに聞こえた。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
牡鹿山の老臣共は、此の形勢を見て今更のように狼狽ろうばいした。一刻も早く坊主共を退治しなければ、やがて領内ははちの巣を突ッついたようになる。
仮名床かなどこ伝吉でんきちやつァ、ふだん浜村屋はまむらやきだのはちあたまだのと、口幅くちはばッてえことをいってやがるくせに、なんてざまなんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
かにの握り飯を奪ったさるはとうとう蟹にかたきを取られた。蟹はうすはち、卵と共に、怨敵おんてきの猿を殺したのである。——その話はいまさらしないでもい。
猿蟹合戦 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「あなたがたに、さしあげやうと思つて、谷間へみつを取りに行きましたが、はちにめつかつて、ひどい目にあひました。」
泣き虫の小ぐまさん (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
何といううら悲しい明け方の夢の展覧会! はちのような腰の馬上貴婦人と頬ひげの馬上紳士。乳を出して笑ってるボンネット。大帆前船バアカンテン難航の図。
それが駆け出し始めると、その無数の脚があしの葉のような音を立て、道の上のほこりはちの巣をつついたように舞い上がる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
お兄様がたもお姉様も二人ふたりはちにさされたことはすでにご承知である。お殿様のお目にさえとまらなければよろしい。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
腰の物は大小ともになかなか見事な製作つくりで、つばには、誰の作か、活き活きとしたはちが二ひきほど毛彫りになッている。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
桜の枝にははちと風とがを立てて居る。庭にはあなたと母様と二人きり白い花弁が雪のように音もなく散りかかる。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
アドルフ・マイとマンハイムにたいするまだかなり手緩てぬるい攻撃が始められただけで、はちの巣をつついたような騒ぎになった。マンハイムは面白がった。
すると今まで室内に密封された八百の同勢はときの声をあげて、建物を飛び出した。そのいきおいと云うものは、一尺ほどなはちの巣をたたき落したごとくである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あの眼のあをはちの群は野原ぢゅうをもうあちこちにちらばって一つ一つの小さなぼんぼりのやうな花から火でももらふやうにしてみつを集めて居りました。
洞熊学校を卒業した三人 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
また団体生活の充分完結している動物、たとえばありはち等のごときものの行為も善悪をもって評しがたい。
動物界における善と悪 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
また次の日の夜は呉公むかではちとのむろにお入れになりましたのを、また呉公と蜂の領巾を與えて前のようにお教えになりましたから安らかに寢てお出になりました。
なにかここにある物をあそこまで運んで行きたいと思う場合、鳥やけものありはち蜻蛉とんぼなども、足でつかんだり口にくわえたりして、持ちあるくことまではする。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
愛宕あたごさんにも大けな銀杏いてふがおましたな、覺えてなはる。……はちの巣を燒いてえらい騷動になりましたな。』と、またなつかしな眼をして、小池の顏に見入つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
さては薄荷はっか菊の花まで今真盛まっさかりなるに、みつを吸わんと飛びきたはちの羽音どこやらに聞ゆるごとく、耳さえいらぬ事に迷ってはおろかなりとまぶたかたじ、掻巻かいまきこうべおおうに
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
前の老朽ろうきゅう教師の低いはちのうなるような活気のない声にくらべては、たいへんな違いである。しかしその声はとかく早過ぎて生徒の耳にとまらぬところが多かった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
寄宿舎は、あたかもはちの巣のように、いくつもの小さい部屋に分れていた。そしてその一つ一つの部屋には、それぞれ十人余りの生徒等が一しょくたに生きていた。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
一方ヴォローヂャは、元気のない、はちにさされたような、むくんだ顔つきで、ゆううつそうに部屋の中を行ったり来たりしているばかりで、何ひとつ食べなかった。
少年たち (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
その種類ははちせみ鈴虫すずむし、きりぎりす、赤蜻蛉あかとんぼ蝶々ちょうちょう、バッタなどですが、ちょっと見ると、今にもい出したり、羽根をひろげて飛び出そうというように見えます。
けれどもなにごとも取付とっつきが肝心だから、途中でいけなかったなんていうことになるとあぶはちとらずだからね、あたしもよく考えてみて、それからもういちど相談しようよ
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
蜂鳥はちどりや、はちや、胡蝶こちょうつばさをあげて歌いながら、あやのような大きな金色の雲となって二人の前を走って歩きました。おかあさんは歩みも軽く海岸の方に進んで行きました。
はちの巣のような弾丸の跡を残した建物が目立つ。煉瓦のどてっ腹に大きな穴があいて、板でそこをおおって、仮の——おっと待った、一時しのぎの壁にしている家もあった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
暫らく曲者はためらひましたが、次の瞬間吹き散るやうな錢を潜つて、曲者の身體は欄干らんかんを越えました。橋の上ははちの巣の中に石を投つたやうな、凄まじい動搖が起ります。
お雪は、ミモザの花と日光の黄金の光りのなかに、はちのように身軽にベンチから跳ねおきて
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そして、今はまたこの像は未曾有みぞうの国難を見ているのだ。げん兵が九州を犯した国難も知っていれば、法華堂の執金剛神しつこんごうしんはちになって救いに出たという将門まさかどの乱も知っている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
さながら皇天ことにわれ一にんをえらんで折檻せっかんまた折檻のむちを続けざまに打ちおろすかのごとくに感ぜらるる、いわゆる「泣きつらはち」の時期少なくとも一度はあるものなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
……せっかく綺麗にしたお化粧が、涙で崩れてしまいますよ。涙をお拭きなさいませ。——それに、今日はよいお天気で、はちや小鳥やあぶまでが、面白そうに唄っております。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
若夫人は美しかつたが、服装の加減でむしろあどけない様子であつた。ひどくがたに見えて、胴が皮帯ではちのやうに細く締めつけられてゐる若夫人に、私は英語で挨拶あいさつした。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
また日々の散歩で自動車がセンターポールへ接吻せっぷんしたままはち死骸しがいとなっているのを見る。
感傷にふけってはいられない。忙しいはちは悲しむ暇がないと云われる。廃頽はいたいに溺れてもいられない。用いる鍵はびないではないか。今の器が美に病むのは用を忘れたからである。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)