花片はなびら)” の例文
しばらくすると、毛蟲けむしが、こと/″\眞白まつしろてふになつて、えだにも、にも、ふたゝ花片はなびららしてつてみだるゝ。幾千いくせんともかずらない。
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其処にある花は花片はなびらも花も、不運にも皆むしばんで居る。完全なものは一つもなかつた。それが少ししづまりかかつた彼の心を掻き乱した。
そのろうのように艶のある顔は、いくぶん青褪めてはいたけれど、形のいい弾力のある唇は、まるで薔薇の花片はなびらを置いたようにあかかった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
靜な山の彼方此方あちこちから櫻の花片はなびらの一とつ/\にその優しい餘韻を傳はらせ初めるのだと思つた時に、みのるの胸は微かに鳴つた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
そのいと低ききださへかく大いなる光を己が中に集むるに、花片はなびら果るところにてはこの薔薇の廣さいかばかりぞや 一一五—一一七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
冷たい、鉄のような言葉の下に、美保子の身体からだはヘタヘタと廊下の絨毯じゅうたんの上へ、崩れた花片はなびらのように座り込んでしまいました。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
つきぐらゐは咲いては落ち、咲いては落ちしてゐる。たゞ、わかれ霜に逢つて花片はなびらがわるく黄いろく焼けるのはあまり好いものではなかつた。
樹木と空飛ぶ鳥 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
「何を、びっくりしていらっしゃるの?」美和子も、てれくさそうに、しかし、すぐと散る花片はなびらのように、表情を崩しながら、彼を見上げた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
兄さんは時々立ち留まって茂みの中に咲いている百合ゆりを眺めました。一度などは白い花片はなびらをとくに指して、「あれは僕の所有だ」と断りました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その可憐かれんな男が、私達の前の一回の起点へ来るたびに、一度は一度より増して桜の花片はなびらを多く身に着けて来るのでした。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
をんなかたほヽをよせると、キモノの花模様はなもやうなみだのなかにいたりつぼんだりした、しろ花片はなびら芝居しばゐゆきのやうにあほそらへちら/\とひかつてはえしました。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
紙片かみきれを指でもつて花片はなびらや葉のかたいて、それを小器用にひねり合はせたものだが、案内者の説明によると近頃上流婦人の間にそれが流行となつてゐるのださうだ。
「ほんのちりほどのこのお返事を書いてくださいませんか。この花片はなびらにお書きになるほど、少しばかり」
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その様子を見ると道助は少し堪へられなくなつてつと椅子を離れた。そして先刻彼女がはふり出した花束を拾ひ上げて、殆ど無意識にその花片はなびらを一つ/\むしり初めた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
曲欄きょくらんを幾まがりか折れて往くとまた別の庭があって、枝を垂れた数十株の楊柳が高だかと朱ののきを撫でていた。そして名も知れぬ山鳥が一鳴きすると花片はなびらが一斉に散った。
西湖主 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
かれのあゆむにつれ彼の手から、かみでつくった桃色ももいろ蓮華れんげ花片はなびらがひらひら往来おうらいらばった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後のほばしらが二つに折れて、赤い戦闘旗が、花片はなびらのように、ひらひらと波の上へ散った。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
とうとう此のウィスキイも半分以上残してしまった。風の音がする、黄色い花片はなびらが眼の前で揺れて二重にも三重にもなる。突然なまぐさいものが咽喉のどから口腔いっぱいに拡がって来た。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
道々にこの花片はなびらを撒きたまへ、妾はそれを一つづゝ拾うてお前の戦勝を祈らなければならない! 夢にも後を振りむくことなしに、この瑠璃色の朝陽を衝いて、さあ、一散に発ちたまへ……
パンアテナイア祭の夢 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
春の日も午近くなれば、大分青んで来た芝生に新楓しんふうの影しげく、遊びくたびれてふたともえに寝て居る小さな母子おやこの犬の黒光くろびかりするはだの上に、さくら花片はなびらが二つ三つほろ/\とこぼれる。風が吹く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そのうちに、あめってきました。あめは、庭先にわさきのぼけのはなたると、あか花片はなびらあめたれてばらばらと、とれてちました。また、あめは二かい屋根やねていたかみあおうまにあたりました。
びっこのお馬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これは漢法医が多く、漢薬は、きざんであったのを、盛りあわせてせんじるから、医者は薬箱をもたせ、薬箱には、の永い、細長い平たい匕——連翹れんぎょう花片はなびらの小がたのかたちのをもっていたものだ。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
黄色なる小さき花片はなびらが、ほろほろと
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
余計な花片はなびらはないのですが
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
みだれてびし花片はなびら
友に (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
花片はなびら
未刊童謡 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
またそれはへいとふべし、然れどもこれを花片はなびらの場合と仮定せよ「木の下はしるなますも桜かな」食物を犯すは同一おなじきも美なるがゆゑに春興たり。
醜婦を呵す (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かのいと多くの花片はなびらにて飾らるゝ大いなる花の中にくだり、さて再びかしこより、その愛の常に止まる處にのぼれり 一〇—一二
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
九年前、妻木右太之進と、お綾を争って、ツイ鼻の先の浜町河岸に切結んだ時と同じように、それは桜の花片はなびらのハラハラと散る朧夜でした。
しぼんだ月見草の花片はなびらを見つめている事もあります。着いた日などは左隣の長者ちょうじゃの別荘の境に生えているすすきの傍へ行って、長い間立っていました。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは咲き出した花片はなびらの上を風が微かに吹いて行つたにとゞまるくらゐのものであるが、しかも彼等の恋は輝かしいものであつたには相違なかつた。
百合子 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
彼は、爆薬で黒くよごれた花片はなびらをむしりとると、器用な手つきで、それを顕微鏡にかけて、のぞきこんだのであった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
五十年七十年の間、蓮の花片はなびら一つ落ちるほどの変化さえなかった。宗兵衛とも余り話をしなかった。凡ての話題は彼等に古くさくなってしまったのである。
極楽 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
莟は日を経てもいたづらに固く閉ぢて、それのみか白いうちにほのあか花片はなびらの最も外側なものは、日々に不思議なことにも緑色の細い線が出来て来て、葉に近い性質
先生の別荘風の家は四角く肥えて一弁二弁、花片はなびらの端を外へくり返している薔薇のつぼみのように見えました。わたくしが玄関の呼鈴の紐を引いても一向答えがありません。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
忽ち花片はなびらの渦が一団の胡蝶になつて見霞む野原の奥へ消え去つたり、さうかと思ふと矢庭に眼近かに吹き寄せて、私の鈍重な眼蓋をパタパタと叩きながら見る/\うちに私のふところを眼がけて
熱い風 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
顔の下に咲いた黄色い花片はなびらにどろりと滴ったのだ。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
船の帆の花片はなびらに眺める。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
はつとしたくと、はづみでしろ花片はなびらは、ぱらりと、藤色ふぢいろ友染いうぜんにこぼれたが、こぼれたうへへ、そのてゝふたかたむけた。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
朧の月は黒雲の中に入って、サッと渡る夜風、何処どこから散ったか、桜の花片はなびらがハラハラと飛んで、二人の刃へ肩へびんへと降りかかるのでした。
列より列と次第をたてゝ下に坐するを汝見るべし(我その人々の名を擧げつゝ花片はなびらより花片と薔薇を傳ひて下るにつれ)
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
草鞋わらぢをはいて歩いてゐたので、到るところの雨にぬれた山桜の花片はなびらが一面にその羽織にくつついて取れないので、それに興味を感じて歌をつくつたこともあつた。
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
そして従来に例なき安楽な気持と溌溂たる精力とをもって、檻の中より動物園入場者の群を眺めて暮らす身の上とはなった。桜の花片はなびらは、ひらひらひらと、わが檻の上より舞落ちるのであった。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
逢つて見る眼には思ひのほか、あつさりして白いものゝ感じの人でございます。たゞそれにれ濡れした淡い青味の感じがなし花片はなびらのやうに色をさしてるのが私にはきつと邪魔になるのでございませう。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
あの書生は呑気のんきうらやましいと思う。——椿の花片はなびらがまた一つ落ちた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
重い椿の花片はなびらのように、眸が泣きれて、すべすべしていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
踊のなれで、身のこなしがはずんだらしい、その行く時、一筋の風がひらひらと裾を巻いて、板敷を花片はなびらの軽い渦が舞って通った。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少し高くなった春の陽は、朝乍ら妙に薄眠たく射して、不風流な目明しの髷節へ、桜の花片はなびらが二つ三つ散りよどみます。
花をむしるも同じ事よ、花片はなびらしべと、ばらばらに分れるばかりだ。あとは手箱にしまっておこう。——殺せ。(騎士、槍を取直す。)
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
緋鹿の子を絞った長襦袢が少し崩れて、燃えるような紅の綸子りんずの夜の物が、砕けた花片はなびらのように桜子の膝を埋めます。