おだやか)” の例文
旧字:
お嬢さんの感情を傷付けないように——彼女といえども商売があり、食って行かなければならないのだから、——私は充分おだやかに云った。
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
薄暗いドアに紙をって、昨日きのうの日づけで、診療の都合により面会を謝絶いたし候——医局、とぴたりと貼ってある。いよいよおだやかでない。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
○かくて産後さんご日をてのち、連日れんじつの雪も降止ふりやみ天気おだやかなる日、よめをつとにむかひ、今日けふ親里おやざとゆかんとおもふ、いかにやせんといふ。
その語調は平常よりもかえっておだやかな位であった。代助はひざの上に手を置きながら、兄が真面目まじめな顔をして、自分をかついだんじゃなかろうかと考えた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
譬えば海岸へ出て海の水のおだやかで広々した処を見ると誰でも心持こころもちになって海の真中まんなかへ出てみたいような気がします。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
あの目の血走っているのも、事によったら酒と色とに夜をかした為めではなくて、深い物思に夜をおだやかに眠ることの出来なかった為めではあるまいか。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
荒模様であった空は、夜が明けると少しおだやかになって、風は強いが雨脚はまばらになった。七月二十四日の朝である。
浅草寺あさくさでら巨鐘きょしょうの声はいかにもおごそかにまたいかにもおだやかに寝静まる大江戸の夜の空から空へと響き渡るのであった。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それは実によく晴れわたった、おだやかな夏の夕だった。眼のまえの屏風岩のギザギザした鋸歯きょしのようなグラートのうえにはまだ、夕雲はかがやかにいろどられていた。
これも又似たることにていかなる境界きょうがいにありても平気にて、出来るだけの事は決して廃せず、一日は一日丈進み行くやう心掛くるときは、心もおだやかになり申者もうすものに候。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「だめだ! まだあの高慢狂気きちがいなおらない。梅子さんこそつらの皮だ、フン人を馬鹿にしておる」と薄暗い田甫道たんぼみち辿たどりながらつぶやいたが胸の中は余りおだやかでなかった。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
外国政治上の報告を聞けば、近来はなはだおだやかならず、欧洲各国の形勢云々なるのみならず、近く隣国の支那において、大臣某氏が政権をとりて、その政略はかくの如し
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
幸福といわずして幸福を楽んでいたころは家内全体に生温なまぬるい春風が吹渡ッたように、総ておだやかに、和いで、沈着おちついて、見る事聞く事がことごとく自然にかなッていたように思われた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
こう思ったから、佐渡守は、その仔細を尋ねると同時に、本家からの附人つけびとにどう云う間違いが起っても、親類中へ相談なり、知らせなりしないのは、おだやかでない旨を忠告した。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
犠牲となっておだやかに家庭に死ぬることが出来なかっただろう乎、あまりに我強がづよい先生であると。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「まあ、余りおだやかでないから、それだけは思ひとまり給へ。今間も話を付けると言つたから」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかるに幕府の始末しまつはこれに反し、おだやかに政府を解散かいさんして流血りゅうけつわざわいけ、無辜むこの人を殺さず、無用むようざいを散ぜず、一方には徳川家のまつりを存し、一方には維新政府の成立せいりつ容易よういならしめたるは
はじめには越後の諸勝しよしようつくさんと思ひしが、越地ゑつちに入しのちとしやゝしんして穀価こくか貴踊きようし人心おだやかならず、ゆゑに越地をふむことわづかに十が一なり。しかれども旅中りよちゆうに於て耳目じもくあらたにせし事をあげて此書に増修そうしうす。
道中はどうだったな。信州の山々は今はちょうど青々と茂り合っていて、さぞ気持がいい事だったろう。……新聞でみると浅間山がこの頃だいぶおだやかでないように書いてあるが、よっぽどさかんに煙を
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
すこぶる高尚こうしょうなる意味をふくましむることの出来るのは、ちょうど社会主義なる言葉の内にも必ずしもおそるべくにくむべき破壊的はかいてきなる思想をふくますべきものでなく、おだやかな高尚な建設的なる内容を
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「私はおだやかな方法でその絵をとり戻そうと思ったからです。」
世はおだやか
野口雨情民謡叢書 第一篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
と小村さんが優しいおだやかな声を掛けて、がたがたがたと入ったが、向うの対手あいてより土間の足許あしもと俯向うつむいてつつ、横にとぼとぼと歩行あるいた。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日蓮上人、為兼卿ためかねきやう、遊女初君はつきみとう古跡こせきもたづねばやとおもひしに、越後に入りてのち気運きうんじゆんうしなひ、としやゝけんしてこくねだん日々にあがり人気じんきおだやかならず。
南アルプスの黒部川ともいう可き大井川は、西を赤石、東を白峰しらねという一万尺以上の高峰を有する二大山脈に限られて、万山の奥を思いの外おだやかに流れています。
日本アルプスの五仙境 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
たか」と云つた。其語調は平常よりも却つておだやかな位であつた。代助はひざうへに手を置きながら、あに真面目まじめな顔をして、自分をかついたんぢやなからうかと考へた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その次第しだいは前にいえるごとく、氏の尽力じんりょくを以ておだやかに旧政府をき、よっもって殺人散財さんざいわざわいまぬかれたるその功はにして大なりといえども、一方より観察をくだすときは
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
兄がよくそのたとえを人の事に取ってこう申します。それは全く最初の考えようが悪いので海は一年中たいらおだやかなものでない。時あって風も起り波も荒くなるのが海の持前もちまえだ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
暖いおだやか午後ひるすぎの日光が一面にさし込む表の窓の障子には、折々おりおりのきかすめる小鳥の影がひらめき、茶の間の隅の薄暗い仏壇の奥までがあかるく見え、とこの梅がもう散りはじめた。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その凄絶せいぜつなる可き慟哭にも、同じく涙にむせばうとしてゐた乙州は、その中にある一種の誇張に対して、——と云ふのがおだやかでないならば、慟哭を抑制すべき意志力の欠乏に対して
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ある日天気が好くて海がおだやかなので、香以は浜辺に出ていた。そこへ一隻の舟が著いて、中から江戸の相撲が大勢出た。香以が物めずらしさに顔を見ると、小結以上の知人しるひともいた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
例の狡猾こうかつな笑顔を作り、妙に慇懃いんぎんな様子をしながら静々と彼の部屋へやって来たが、芳江姫も市之丞殿も皆健康たっしゃで暮らしているから充分安心するがよいと、さもおだやかに云った後から
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おだやかな僕の心は急に擾乱かきみだされ、僕はほとんど父の真意を知るに苦しみ、返書を出して責めて今一年、卒業の日までこのままに仕て置いてもらおうかと思いましたが、思い返して直ぐ上京しました。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
おだやかに死なれる事が何故出来なかったでしょうか? 何故其生の晩景ばんけいになって
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もはやこう成ッてはおだやかに収まりそうもない。黙ッてもていられなくなッたから、お鍋は一とかたけ煩張ほおばッた飯を鵜呑うのみにして、「はッ、はッ」と笑ッた。同じ心に文三も「ヘ、ヘ」と笑ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
思うに当時人心じんしん激昂げきこうの際、敵軍を城下に引受ひきうけながら一戦にも及ばず、徳川三百年の政府をおだやか解散かいさんせんとするは武士道の変則へんそく古今の珍事ちんじにして、これを断行だんこうするには非常の勇気ゆうきを要すると共に
いつもおだやか
おさんだいしよさま (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
人気もおだやかなり、積んだものを見たばかりで、鶴谷様御用、と札の建ったも同一おなじじゃで、誰も手のはござりませぬで。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日蓮上人、為兼卿ためかねきやう、遊女初君はつきみとう古跡こせきもたづねばやとおもひしに、越後に入りてのち気運きうんじゆんうしなひ、としやゝけんしてこくねだん日々にあがり人気じんきおだやかならず。
大小烏帽子や笠または剣ヶ倉などいう名は多小尖った感じを与えるが、それすら飛騨山脈の同名を冠する諸山に比すれば、お話にならぬほどおだやかな山容を呈している。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ちょうどお話のように理想の海といったら風もなく波もなく一年中たらいの水のようにおだやかでそこへ乗出して幸福の岸へ着いたらさぞ楽しいだろうというように考えたものです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
あたゝかおだやか午後ひるすぎの日光が一面にさし込むおもての窓の障子しやうじには、折々をり/\のきかすめる小鳥の影がひらめき、茶のすみ薄暗うすぐら仏壇ぶつだんの奥までがあかるく見え、とこの梅がもう散りはじめた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
静かな声は落ついた春の調子を乱さぬほどにおだやかである。幅一尺の揚板あげいたに、菱形ひしがたの黒い穴が、えんの下へ抜けているのをながめながら取次をおとなしく待つ。返事はやがてした。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俗に云う鼻掴はなつまみの世の中に、ただペルリ渡来の一条が人心を動かして、砲術だけは西洋流儀にしなければならぬと、わば一線いっせん血路けつろが開けて、ソコで砲術修業の願書でおだやかに事が済んだのです。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それから博士はおだやかな声で斯う云いました。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
形勢おだやかならず、源次は遁足にげあしを踏み、這身はいみになって、掻裂かきさくような手つきで、ちょいと出し、ちょいと引き、取戻そうとしては遣損やりそこない、目色を変えて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
午後二時頃になって風が幾分かおだやかになった様子であるから、槍の絶巓ぜってんへお伴申上げることになった。
橋の下には焼けない釣舟が幾艘となく枯蘆の間に繋がれ、ゆるやかに流れる水を隔てゝ、向岸には茂つた松の木や、こんもりした樹木の立つてゐるのが言ひ知れずおだやかに見えた。
にぎり飯 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
はじめには越後の諸勝しよしようつくさんと思ひしが、越地ゑつちに入しのちとしやゝしんして穀価こくか貴踊きようし人心おだやかならず、ゆゑに越地をふむことわづかに十が一なり。しかれども旅中りよちゆうに於て耳目じもくあらたにせし事をあげて此書に増修そうしうす。
「ええおだやかな晩です」と小野さんは靴のひもを締めつつ格子こうしから往来を見る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)