“泥鰌”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
どじょう88.5%
どぜう6.6%
どぢやう4.9%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
あの田圃の畔を流れる川の水は綺麗だったなあ、せりが——芹が川の中に青々と沈んでいやがった。ふなを捕ったり、泥鰌どじょうを取ったり……
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いっぺんきたない爺さんが泥鰌どじょうのような奴をあたじけなく頸筋くびすじへ垂らしていたのを見て、ひどく興をさましたせいだろう。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
番小屋の店のまえに置いてある盤台風の浅い小桶には、泥鰌どじょうかと間違えられそうなめそっこ鰻が二、三十匹かさなり合ってのたくっていた。
放し鰻 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ある柳の下にいつでも泥鰌どじょうが居るとは限らないが、ある柳の下に泥鰌の居りやすいような環境や条件の具備している事もまたしばしばある。
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
餌は大きな蚯蚓みみずか、泥鰌どじょうであって、すっぽんがいると見当をつけた淵へ延縄はえなわ式に一本の縄へ幾本もの鈎を結び投げ込む。
すっぽん (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
小幡の發議で更に屋敷内の井戸をさらはせたが、深い井戸の底からは赤い泥鰌どぜうが一匹浮び出て大勢を珍しがらせただけで、これも骨折損に終つた。
半七捕物帳:01 お文の魂 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
簡單な食事でも滿足してゐる私達の家では、たまに手造りの柳川やながはなぞが食卓に上るのを馳走の時とする。泥鰌どぜうは夏のものだが、私はあれを好む。年をとるにつれて殊にさうなつた。
短夜の頃 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
泥鰌どぜう見たいなことを言ふなよ、可哀想に娘は泣いてるぢやないか」
御存知かしらぬが、先頃ある人からこんなことを聴きました。日本橋の茅場町に錦とかいふ鰻屋があるさうで、そこの家では鰻や泥鰌どぜうのほかに泥亀すつぽんの料理も食はせるので、なか/\繁昌するといふことです。その店は入口が帳場になつてゐて、そこを通りぬけると中庭がある。
魚妖 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
水車のわきの小川には、いつも目高魚めだかや、泥鰌どぢやうや、田螺たにしや、小蟹こがにや、海老えびの子などがゐました。
先生と生徒 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
泥鰌どぢやうのやうに泡を噴いてるぢやないの? ゆき子はそんな気持ちだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
入れた泥鰌どぢやうりようになる。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)