櫛巻くしまき)” の例文
旧字:櫛卷
時々、内儀かみさんは櫛巻くしまきにした病人らしい頭をすこしもたげて、種々雑多な物音、町を通る人の話声、遠い電車の響までも聞いた。
死の床 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
櫛巻くしまきに結って、黒縮緬の紋着もんつきの羽織を撫肩なでがたにぞろりと着て、せた片手を、力のない襟に挿して、そうやって、引上げたつまおさえるように
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
髪も少し濡れたとみえて、ほつれ毛のうずが、象牙ぞうげの白さへペッタリとついているのを、指でいて櫛巻くしまきの根へなでつけながら
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでも髪を櫛巻くしまきに結った顔色の妙に黄色いその女と、目つきの険しい男とをこの出刃庖丁と並べて見た時はなんだか不安なような感じがした。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
と云ううちに浅黄色の垂幕をからげて出て来た。生々しい青大将色の琉球飛白がすりを素肌に着て、洗い髪の櫛巻くしまきに、女たちと同じ麻裏の上草履うわぞうり穿いている。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その顔は病人らしく蒼白あおじろいが、思ったよりも肥えて頬などが円々まるまるとしている。近いころ髪を洗ったと思われて、ぱさぱさした髪を束ねて櫛巻くしまきにしている。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
髪を櫛巻くしまきにした小さい頭の下に太った顔の附いているのが、いかにも不釣合である。そしてその顔が不遠慮に、さも驚いたように、お玉を目守まもっている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
人気女優江川蘭子は忽然こつぜんとしてこの世から消えうせ、そこの鏡台の前に立っているのは、安銘仙やすめいせん縞物しまものにメリンスの帯をしめ、髪は櫛巻くしまき同然の田舎洋髪
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それを今夜初めて見たのである。お玉さんの平べったい顔は削られたように痩せて尖って、櫛巻くしまきにしているらしい髪の毛は一本も乱さずに掻き上げられていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
白粉おしろいも紅も洗い落して、元の素顔に、無造作な櫛巻くしまき、男物のような地味な単衣ひとえを着ているのでした。
ホッと息をついて汗ばんだ面を拭うと、べっとりと濡れた髪の毛——その髪の毛は、女にも見ま欲しいたっぷりしたのを、グルグルと櫛巻くしまきにして、後ろへ束ねていました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
今日は洗い髪の櫛巻くしまきで、節米ふしよね鼠縞ねずみじまの着物に、唐繻子とうじゅす更紗縮緬さらさちりめんの昼夜帯、羽織が藍納戸あいなんどの薩摩筋のおめしというめかし込みで、宿の女中が菎蒻島こんにゃくじまあたりと見たのも無理ではない。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
それに髪の濃いのが、一入ひとしお女振を上げて見せて、無雑作の櫛巻くしまきが、勿体もったい無いのであった。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
浅草あさくさ駒形こまがた兄哥あにい、つづみの与吉とともに、彼の仲間の大姐御おおあねご、尺取り横町の櫛巻くしまきふじの意気な住居に、こけ猿、くだらないがらくたのように、ごろんところがっているんです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あの女はその時廊下の薄暗い腰掛のすみに丸くなって横顔だけを見せていた。そのそばには洗髪あらいがみ櫛巻くしまきにした背の高い中年の女が立っていた。自分の一瞥いちべつはまずその女の後姿うしろすがたの上に落ちた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夕日なゝめに差し入る狭き厨房くりや、今正に晩餐ばんさんの準備最中なるらん、冶郎蕩児やらうたうじ魂魄たましひをさへつなぎ留めたるみどりしたゝらんばかりなるたけなす黒髪、グル/\と引ツつめたる無雑作むざふさ櫛巻くしまき紅絹裏もみうらの長き袂
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ちゃぶ台の向いには髪を櫛巻くしまきにした、主翁よりも一まわりも年下に見える目の下に影のあるおかみさんが酒の対手あいてになっていたが、お媽さんは新吉のおりて来るのを待ちかねていたというふうであった。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
村医そんいの妻のつつましき櫛巻くしまきなども
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
髪は櫛巻くしまきにしておりますが、さまで結ばれても見えませぬのは、客の前へ出るというので櫛の歯に女の優しい心をめたものでありましょう。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つたは、旅汚たびよごれのした櫛巻くしまきに、唐桟縞とうざんじまの襟つきを着て、黒繻子くろじゅすの帯をはすむすびに、畳へ片手を落として、ぺたんと横坐りにすわっている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例の寝台のあしの処に、二十二三の櫛巻くしまきの女が、半襟はんえりの掛かった銘撰めいせん半纏はんてんを着て、絹のはでな前掛を胸高むなだかに締めて、右の手を畳にいて、体を斜にして据わっていた。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自棄やけ櫛巻くしまきにした多い毛にも、わざと白粉おしろいを嫌った真珠色の素顔にも、野暮を売物にした木綿の単衣にも、包み切れない魅力が、夕映えと一緒に街中に拡がるような女でした。
女亭主かみさんほうけた髪を櫛巻くしまきで、明窓あかりまどから夕日を受けた流許ながしもとに、かちゃかちゃと皿を鳴して立働く。炉辺には、源より先に御輿みこしを据えて、ちびりちびり飲んでいる客がある。二階には兵士の客もある様子。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
髪も櫛巻くしまき透切すきぎれのした繻子の帯、この段何とも致方いたしかたがない。亭主、号が春狐であるから、名だけは蘭菊らんぎくとでもおごっておけ。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どこの百姓ひゃくしょう女房にょうぼうであろうか、櫛巻くしまきにしたほつれをなみだにぬらして、両袖りょうそでかおにあてたまま濠にむかってさめざめといているようす……
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒繻子くろじゅすえりの掛かったねんねこ絆纏ばんてんを着て、頭を櫛巻くしまきにした安の姿を、瀬戸は無遠慮に眺めて、「こんなお上さんの世話を焼いてくれる内があるなら、僕なんぞも借りたいものだ」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
朧々おぼろおぼろも過ぎず、廓は八重桜のさかりというのに、女が先へ身を隠した。……櫛巻くしまきつましろく土手の暗がりを忍んで出たろう。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女は薄い髪の毛を櫛巻くしまきにしていた。美人という程ではないが、ふだん着のままでいても、ちょっと魅力のある顔容かおだちで、どこか世間馴れた風があった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大通りを少しあるくと、向うから、羽織の袖で風呂敷づつみを抱いた、脊のすらりとした櫛巻くしまきの女が、ものしずかに来かかって、うつむいて、通過ぎた。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
櫛巻くしまき小柳こやなぎ帯の引っかけで、いけぞんざいな身仕舞みじまいなのが、お綱は、その人だけに気がひけた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
櫛巻くしまきの髪に柔かなつやを見せて、せなに、ごつ/\した矢張やっぱ鬱金うこんの裏のついた、古い胴服ちゃんちゃんこを着て、身に夜寒よさむしのいで居たが、其の美人の身にいたれば
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
櫛巻くしまきって年増の女が、何か、物思わしげに、しょんぼりとうつむいている。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫人、雨傘をすぼめ、柄を片手に提げ、手提てさげを持添う。櫛巻くしまきひっかけ帯、駒下駄こまげたにて出づ。その遅桜をなが
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、櫛巻くしまきの其の水々みずみずとあるのを、がつくりとひたいゆるばかり、仰いで黒目勝くろめがちすずしひとみじっと、凝視みつめた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
巣から落ちた木菟みみずくひよッ子のような小僧に対して、一種の大なる化鳥けちょうである。大女の、わけて櫛巻くしまきに無雑作に引束ひったばねた黒髪の房々とした濡色と、色の白さは目覚しい。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……と見ると艶々つやつやしたその櫛巻くしまき、古天井の薄暗さにも一点のすすとどめぬ色白さ。おしい事に裸身はだかではないが、不断着で着膨れていながら、頸脚えりあしが長くすらりとしていた。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いまは櫛巻くしまき艶々つやつやしく、すなおな髪のふっさりしたのに、顔がやつれてさえ見えるほどである。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よるの雲に暗くこずえおおはれながら、もみぢの枝の裏透うらすくばかり、友染ゆうぜんくれないちら/\と、櫛巻くしまきの黒髪の濡色ぬれいろつゆしたたる、天井高き山のに、電燈の影白うして、ゆらめく如き暖炉のほのお
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
いもと二人ふたりある。ひとたちのやさしさに、かみ櫛巻くしまきのやうにして、薄化粧うすげしやうべにをさした。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
人を別けた傘を斜めに、撫肩なでがたで、櫛巻くしまきりんとした細面ほそおもての見えたのは、紅屋の内儀で。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寝床をすべって、窓下の紫檀したんの机に、うしろ向きで、紺地に茶のしまお召の袷羽織あわせばおりを、撫肩なでがたにぞろりと掛けて、道中の髪を解放ときはなし、あすあたりは髪結かみゆいが来ようという櫛巻くしまきが、ふっさりしながら
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何しろその体裁ですから、すなおな髪を引詰ひッつめて櫛巻くしまきでいましたが、生際が薄青いくらい、襟脚が透通って、日南ひなたでは消えそうに、おくれ毛ばかり艶々つやつやとして、涙でしょう、濡れている。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
房々とあるつややかな黒髪を、耳許みみもと白くくしけずって、櫛巻くしまきにすなおに結んだ、顔を俯向うつむけに、撫肩なでがたの、細く袖を引合わせて、胸を抱いたが、衣紋えもん白く、空色の長襦袢ながじゅばんに、朱鷺色ときいろの無地のうすものかさねて
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さっ睫毛まつげを濃く俯目ふしめになって、えりのおくれ毛を肱白く掻上げた。——漆にちらめく雪の蒔絵まきえの指さきの沈むまで、黒くふっさりした髪を、耳許みみもと清く引詰ひッつめて櫛巻くしまきに結っていた。年紀としは二十五六である。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
樹立こだちともなく、むぐらくぐりに、晴れても傘は欲しかろう、草の葉のしずくにもしょんぼり濡々とした、せぎすな女が、櫛巻くしまきえり細く、うつむいたなりで、つまを端折りに青い蹴出けだしが、揺れる、と消えそうに
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
群集で傘と傘がしぶも紺もかさなり合ったために、その細い肩にさえ、あがきがったらしいので。……いずれも盛装した中に、無雑作な櫛巻くしまきで、黒繻子くろじゅすの半襟が、くっきりと白い頸脚えりあしに水際が立つのです。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)