ある)” の例文
それは康熙年間のある夏の午後のことである。涼亭には蒲留仙ほりゅうせんが腰をかけて、長い煙管キセルをくわえながらうっとりとして何か考えている。
去年の一月末のくもつたに、わたしはよんどころない義理で下町のある貸席へ顔を出すことになつた。そこにある社中の俳句会が開かれたのである。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
我邦わがくに軍人がたの御気象には欧洲各国でも舌をまいておるそうで、これは我がある将官の方に箱根でお目通りをいたしたとき直接じき/\に伺ったところでございます。
此頃読んだ御経の中につく/″\成程と感心したことのある、聞いて呉れ此様いふ話しぢや、むかしある国の長者が二人の子を引きつれて麗かな天気のをり
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
浅草あさくさの或る寺の住持じゅうじまだ坊主にならぬ壮年の頃あやまつ事あって生家を追われ、下総しもうさ東金とうかねに親類が有るので、当分厄介になる心算つもり出立しゅったつした途中、船橋ふなばしと云う所である妓楼ぎろうあが
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
そして、昨日無名の人からある慈善団体へ三千円の寄付があったことをたしかめたのです。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
そばにゐた近眼ちかめある夫人は、エエド氏の顔を眼鏡越しにじろりと見ながら言つた。
監物は隻手にその茶碗を執って一口飲んで乾いた咽喉を潤しながら、見るともなしにむこうの方にやった眼にふとある物を認めた。
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
場所の名は今あらはに云ひにくいが、これはあるカフヱーの主人の話である。ただしその主人とは前からの馴染なじみでも何でもない。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
直其足で同じ町のある家が閾またぐや否、厭だ/\、厭だ/\、詰らぬ下らぬ馬鹿〻〻しい、愚図〻〻せずと酒もて来い、蝋燭いぢつて其が食へるか、鈍痴どぢめ肴で酒が飲めるか
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
今夜もなまけものの癖として品川へ素見ひやかしにまいり、元より恵比寿講をいたす気であるうちあがりましたは宵の口、散々さんざぱら遊んでグッスリ遣るとあの火事騒ぎ、宿中しゅくじゅうかなえくような塩梅しき
土佐藩の徒目付かちめつけ横山源兵衛の許へある日精悍な顔つきをしたわかい男が来た。取次の知らせによって横山が出ると、壮い男はこんなことを云った。
義人の姿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
いもとの冬子も兄と共に上京して、ある女学校に通っていたが、昨年無事に卒業して今は郷里の実家に帰っている。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
十余人の者はある足軽の家に集まったが、そこには盗賊の入った形跡はなかった。小柄なそこの妻女さいじょは玄関の口に立って知己しりあいの人と話していた。
女賊記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私はある友人の紹介で、貴族エル何某なにがしの別荘へ避暑かたがた遊びに行った事がある、その別荘は倫敦ロンドンの街から九マイルばかりはなれた所にあるが、中々手広い立派な邸宅やしき
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ある禅寺にわかい美男の僧があって附近の女と関係しているうちに、僧はじぶんの非行を悟るとともにおおいに後悔して、田舎へ往って修行をすることにした。
這って来る紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その風俗と色のあおざめたるとを見ればある活版所の女工なるべし、花は盛の今の年頃を日々の塵埃ほこりすすにうずめて、あわれ彼女かれはいかなる希望を持てる、おいたる親を養わんとにや。
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鶴岡つるおか城下の話であるが、ある深更よふけに一人の武士が田圃路たんぼみちを通っていると、焔のない火玉ひのたまがふうわりと眼の前を通った。
鬼火を追う武士 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
市郎ももとよりその覚悟であったので、帰郷の後、半年ばかりは富山のある病院の助手に雇われ、此頃このごろ再び帰郷していよいよ開業の準備に取懸とりかかっているうちに、飛騨の山里は早くも冬を催して
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
千住か熊谷かのことであるが、其処にある尼寺があって、その住職の尼僧と親しいわかい男が何時も寺へ遊びに来ていたが、それがふっつりと来なくなった。
法衣 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「なぜ笑やって、その話は嘘じゃよ、これはある学者が、嘘に云うた話じゃそうじゃ、自家うちの伯父さんが話したよ」
放生津物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ある夏の微月の射した晩、夜学会をやっていた仲間の少年達と台場の沖という処へ旗奪はたばいに往ったことがあった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ところである朝のこと、薬師町の田村と云う旅館の前を通っているとその旅館の二階に琢次の頭が見えていた。
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その罪人と云うのはある遊女で重罪を犯したもので、春早々死刑になることになっていたが、その遊女が牢屋の口にある桜の花の咲くころまで待ってくれと願ったので
花の咲く比 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ある相場師の娘が、父親にねだって買ってもらった衣服きものを、知りあいの裁縫さいほう師の処へ縫わしにやった。
娘の生霊 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その乞児はある知合しりあいの乞児といっしょに酒を飲んだが、酔って蓄えている金の事を誇り顔に話した。
義猴記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、ある川の川原へ往ったところで、石川は小便がしたくなったので車をおりた。川原には五六人の者が集まっていた。石川は何んだろうと思って傍へ往ってみた。
唖娘 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これは明治三十七八年ごろ、田島金次郎翁が叡山に往っている時、ある尼僧に聞いた話である。
這って来る紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は平太郎に向ってある寺で大般若経を空中に投りあげて、和尚をはじめ参詣人を恐れさした古狸や、また、某祠を三に見せて人を驚かした古猫やを蹄で捕獲した話などを聞かし
魔王物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
たれさんは、昨夜ゆうべ、狸に化されて家へよう帰らずに、ある所をぐるぐると歩いていた」
村の怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ある夜益之助は寝床へ入ってから、女房にこんなことを云って臆病な世間の人の噂を嘲笑った。と、がたりと云う大きな音が表庭の方でした。竹束か何かをほうりだしたような音であった。
宝蔵の短刀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、気がいてみるとじぶんある寺の門前に立っていた。彼は其処へ駈け込んだ。
山姑の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
僧はそこで出発して目指す田舎の寺へ往ったが、途中である一軒の宿屋へ泊った。
這って来る紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこは陸中りくちゅうある海岸であった。一人のわかい漁師は沙丘すなやまの上に立って、悲しそうな眼をして海のほうを見おろしていた。漁師は同棲したばかりの女房を海嘯のためにさらわれた者であった。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それから何年か経って、由平のめいある製糸工場の女工になって、寄宿舎に寝ていると、某夜廊下に人の跫音あしおとがして障子が開いた。姪は驚いて其の方へ眼をやった。其処には男の姿があった。
阿芳の怨霊 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ある商人あきんど深更よふけ赤坂あかさかくに坂を通りかかった。左は紀州邸きしゅうてい築地ついじ塀、右はほり。そして、濠の向うは彦根ひこね藩邸の森々しんしんたる木立で、深更と言い自分の影法師がこわくなるくらいな物淋しさであった。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ある、宿を取り損ねて日が暮れてしまった。星がまばらに光っていた。路のむこうには真黒な峰が重なり重なりしていた。路は渓川たにがわに沿うていた。遥か下の地の底のような処で水の音が聞えていた。
殺神記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
三ノ町のある農家の門口へ、一人の旅僧が来て雨戸を叩いて宿を乞うた。
怪しき旅僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
晋陽のある大家へ出入している媒婆ばいばがあって、それが某日南の家へきた。
竇氏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
あるけらいの家の酒宴さかもりに招かれた監物は、夜遅く一人の若党に提灯を持たして、じぶんの邸の傍まで帰って来たところで、祝い物を入れて往った布呂敷包を忘れたことを思い出したので、若党に執りに往かし
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ある城下へ二人の怪しい男が来て、不思議な術を行って見せたので、藩では早速それを捕え、死刑にすることにして刑場へ引出したが、切支丹ではどんな魔法があって逃げだすかも判らないと云うので
幻術 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)