こぶし)” の例文
よ、愚劣ぐれつな×(2)に対してこぶし子供こどもらを、かほをそむけてのゝしをんなたちを、無言むごんのまゝ反抗はんこう視線しせんれつきつけるをとこたちを!
何んでも手に一つの定職を習い覚え、握りッこぶしで毎日幾金いくらかを取って来れば、それで人間一人前の能事として充分と心得たものです。
と、その言葉が終るか終らぬうちに、鬼頭のこぶしが斜に飛んで、神谷の頭はぐらぐらつと揺れ、そのはずみに眼鏡の一方の蔓が外れた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
和尚のこぶしは小さい方ではないけれど、その小さい方でない拳を固めて、それを包容し得るほどに、和尚の口は大きいのでありました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その信仰や極めて確乎かっこたるものにてありしなり。海野は熱し詰めてこぶしを握りつ。容易たやすくはものも得いはで唯、唯、かれにらまへ詰めぬ。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
うつくしきかほ似合にあはぬはこゝろ小學校通せうがくかうがよひに紫袱紗むらさきふくさつゐにせしころ年上としうへ生徒せいと喧嘩いさかひまけて無念むねんこぶしにぎときおなじやうになみだちて
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「何をなさっていられますの?」と歩を止めて、妻は振り挙げた私のこぶしを見下した。まるで学校の教師と生徒のような恰好であった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「みていたまえばんくん、こんどはぼくも当ててみせるよ」春彦はこぶしで胸を叩こうとして、思い返したようにそれを中止して云った
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こんどは交わし損ねて、そのこぶしが城太郎の耳の辺をごつんと打った。城太郎の片手がそこを抑え、あたまの毛がみな逆立ッた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は鹿爪しかつめらしく左のこぶしひざにつき、腕を直角にまげ、首飾りを解き、腰掛けにどっかとまたがり、なみなみとついだ杯を右手に持ち
ゆかより引下しこぶしを上てすでうたんとなす此時近邊きんぺんの者先刻よりの聲高こゑだかを聞付何ことやらんと來りしが此體このていを見て周章あわて捕押とりおさへ種々靱負を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
今度は糊のごわ/\したる白胸しろむねシヤツを頭からすつぽりかぶされて、ぐわさぐわさと袖を通せば是はしたりそでこぶしを没すること三四寸。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
またその骨や、その関節は、僕自身のこぶしのように生けるがごとくに見える。……さらにまた、鏡のうちにうつる戦闘用のおのを見ろ。
「だから、いわないッちゃない。」と蘿月は軽く握りこぶし膝頭ひざがしらをたたいた。お豊は長吉とお糸のことがただなんとなしに心配でならない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ぼくは涙を浮べて君の花にくちづけする。花はここに、ぼくの心臓の上にある。ぼくはそれを、こぶしを固めてはだの中に押しこむのだ。
そう云っている板倉の鼻先を、五人が一とかたまりになって駈け足の練習でもしているように握りこぶしを両わきに附けながら走って通った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
とちょっと考えたもんだから、涎も拭かずに沈んでいると、長蔵さんが、ううんとのびをして、寝たままにぎこぶしを耳の上まで持ち上げた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父は、又杉野子爵の態度か言葉かを思い出したのだろう、その人が、前にでもいるように、こぶしを握りしめながら、激しい口調で云った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
やがて、彼は、こぶしを握り固め、闇の彼方かなたに、うとうとと眠りかけた村のほうへ、それを振ってみせる。そして、大袈裟おおげさな調子で叫ぶ——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
直ちに肉体に交渉して来る池上のそのこぶしは、以前の離れて優しく使われたときよりおきみにとっては満足されるものかも知れない。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
友木の眼には涙がにじみ出た。彼はそれを払い退けるように、眼をつむって頭を振ったが、彼の握りしめたこぶしは興奮の為にブルブル顫えた。
罠に掛った人 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「なんだ、宮内そのこぶしは何処へやる気だ、刀へかけるのなら、いさぎよくかけろ、慎九郎は非力者が相手じゃとて、遠慮はせぬ男じゃ」
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
こうして、鷹はおとなしく老人のこぶしに戻った。鷹は一面に白斑しらふのある鳥で、雪の山と名づけられた名鳥であると老人は説明した。
半七捕物帳:15 鷹のゆくえ (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いきなり、こぶしを振り上げて、若松屋惣七の横面を打った。あっと叫んで、狂気のようになったお高が、ふたりのあいだにころがりこんだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼等は咄嗟とっさに二組に分れて、一方はこの男を囲むが早いか、一方は不慮の出来事にを失った素戔嗚へ、紛々とこぶしを加えに来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、帆村は「待て、しずかに……」と、目で知らせているので、中尉はこぶしをぶるぶるふるわせながら、かろうじてその位置に立っていた。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
兄の子供は物を言おうとしても言えないという風で、口惜しそうに口唇くちびるんで、もう一度弟をめがけてこぶしを振上げようとした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今しも三人の若者が眼をいからし、こぶしを固めて、いきほひまうに打つてかゝらうとして居るのを、傍の老人がしきりにこれをさへぎつて居るところであつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
あとで源助は奥の騒ぎを聞きつけて、いきなり自分の部屋を飛びだし、こぶしふるって隣家となりへいを打ち叩き、破れるような声を出して
「叔母さんが早く氣に入つた女房を持て/\と、うるさく言ひますが、握りつこぶしぢや男つ振りがどうあらうと、來てくれ手がありませんよ」
太きこぶしを腰にあてて、花売りの子を暫しにらみ、『わが店にては、暖簾師のれんしめいたるあきなひ、せさせぬがさだめなり。くゆきね。』
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
いきなりその男の胸倉むなぐらつかみ、右手のこぶしをしたたか横面よこつらに飛ばした。二つ三つ続け様にくらわしてから手を離すと、相手は意気地なくたおれた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
松次郎が胸につかえたのでこぶしでたたいていると、おやあいつ、お茶を持って来なかったんだな、いいつけといたのに、とつぶやいた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「もうじき終ります」と、Kは言い、打鈴だれいがなかったので、こぶしで机をたたいた。それに驚いて、予審判事とその黒幕との頭が左右に分れた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
「これでまいる! 素手は素手ながら三河ながらの直参旗本、早乙女主水之介が両のこぶし真槍しんそう白刄しらはよりちと手強てごわいぞ。心してまいられい…」
その前日あたりから、この辺の大きな店で、道端に大釜おおがまを据えて、握りこぶしくらいある唐の芋ですが、それを丸茹まるゆでにするのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
すぎとし北国より人ありてこぶしの大さの夜光やくわうの玉あり、よく一しつてらす、よきあたひあらばうらんといひしかば、即座そくざに其人にたくしていはく、其玉もとめたし
反絵の顔は勃然ぼつぜんとしてしゅを浮べると、彼のこぶしは反耶の角髪みずらを打って鳴っていた。反耶は頭をかかえて倒れながら宿禰を呼んだ。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そのこぶしを両耳の根につけて、それを左右に揺ぶりながら、喜悦よろこばしさ恍惚うっとりとなった瞳で、彼女は宙になんという文字を書いていたことであろう。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私はじっと下腹に力を入れそしてこぶしを握った。それから右手の指に強く揷んだ葉巻をすーっと吸った。その煙を吹きつけ乍ら私は扉を押した。
蠱惑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
Bはこぶしを固めて突っ立った。体がわなわなと顫えている。しかし恐怖の影はおもてに漂っていた。彼は、Kを押しけて出口の方に行こうとした。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
怒鳴どなって、外へ飛び出そうと立直った時、彼を押込んだ運転手の右手が、鉄の様な握りこぶしになって、パッと胸を打った。柔道の当身あてみである。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は、自分が立派な軍人になって、母や弟や、隣の小孩シャオハイや、誰や、かやにとりまかれている所を想像しながら、汗ばむほどこぶしを握りしめていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
これはつかあたまつちあたま、あるひはこぶしげたようなかたちをしてゐるもので、おほくはきんめっきをしたどう出來できて、非常ひじようにきれいなものであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
柄の頭を握っている兵馬のこぶしが、月光の加減か、尋常ならず大きく見えたが、同じくジリリ、ジリリ、ジリリと、小次郎のほうへ寄って来る。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
分隊長のモローゾフ教授が、顎の下から左のこぶしを抜き出して、テーブルの上に投げ出す。どすん、という激しい音がした。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
と云えども丹下はしずまらばこそ、今は眼をいて左京を一にらみし、右膝に置ける大のこぶしに自然と入りたる力さえ見せて
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
言はれた通りに四疊へ行くと、お定は先づ兩脚を延ばして、膝頭を輕くこぶしで叩いて見た。一方に障子二枚の明りとり、晝はさぞ暗い事であらう。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
こぶし荒々あら/\しくたゝくと、なかから制服せいふくけた、圓顏まるがほかはづのやうにおほきいをしたモ一人ひとり歩兵ほへいひらかれました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
外部ではにぎこぶしで続けさまに戸をたたいている。葉子はそわそわと裾前すそまえをかき合わせて、肩越しに鏡を見やりながら涙をふいてまゆをなでつけた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)