しい)” の例文
言うまでもなく非常に止められたが遂には、この場合無理もない、しいて止めるのは却って気の毒と、三百円の慰労金で放免してくれた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それゆえ椿には実は字音というものは無い筈だが、しかしそれをしいて字音でみたければこれをシュンというより外致し方があるまい。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
やがてロイドレ街にたっすれば町の入口に馬車を待せ、幾度か彼の嚊煙草にてしいて顔色を落着けつゝ、二十三番と記したる館を尋ねて
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
が、もししいて求めたなら食道楽であったろう。無論食通ではなかったが、始終しじゅうかなりやかましい贅沢ぜいたくをいっていた。かつすこぶる健啖家であった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しか此方こっちでは何等の不思議を見た事無し、しいて心当りを探り出せば、前にしるした一件のみ。これでも怪談の部であらうか。
雨夜の怪談 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
余計な穿鑿せんさくだては入らないことと、しい探出さがしだそうとはしなかったが、たしかな説に拠ると、上州で、かなり資産家の一人息子に父親は生れたらしい。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「さもこそあらめ、よくぞいひし。其方がいはずば此方こなたより、しいても勧めんと思ひしなり。おもいのままに武者修行して、天晴れ父の仇敵かたきを討ちね」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
人格の尊厳そんげんを第一位に置く霊活不覊れいかつふきなる先生の心をいたむるのは知れ切った事まで先生にしいられたのは、あまりと云えば無惨むざんではありますまいか。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
飛躍する気持になりい。何物かにうて恍惚こうこつとした情熱にわれを忘れたい。大体だいたいこういう気風である。だが、世上一般の実状はその反対をしいている。
これより小厠こづかいを一にん使用するの必要は無論感ずる所なりしといえども、しいてこれをともなわんとすれば、非常に高き賃金を要し、またたまたま自ら進んで
しかし我輩はあずさ君の精神は千古不滅であって、政治上、教育上、必ずや早晩その理想が実現さるるに相違ないという自信を以て、しいて自ら慰めておった。
東洋学人を懐う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
足寄橋にて別れて餘作が後貌うしろすがたはるかに眺めて一層の脱力を覚えたるも、しいて歩行し、漸く西村氏に泊す。此際に近藤味之助こんどうあじのすけ氏は学校に在勤して慰めくれたり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
浪路は、嬉しさをしいてかくすようにして、懐紙を出して、小さな猪口ちょくを包み、大事そうに帯の間にしまった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
雑誌社としては無題を迷惑がる事察するにあまりあれど、さりとて他人がみだりに命題すべき筋合すじあいにあらざるを以て、しいてそのまま掲出すべきことを希望せり。
遺稿:01 「遺稿」附記 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
雑誌社としては無題を迷惑がる事察するにあまりあれど、さりとて他人がみだりに命題すべき筋合すじあいにあらざるを以て、しいてそのまま掲出すべきことを希望せり。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しいて特徴と云えば栓の頭が多面体ためんていに刻まれて、中ほどくらいまで金色こんじきに色を付けてあるくらいのもので、いくら見ても珍重するほどのものとは思われなかった。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
しいて殺してしまうほどの無理をおかさない以上は、坑夫以上だろうが、坑夫以下だろうが、儲かろうが、儲かるまいが、とんと問題にならなかったものと見える。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しいきくでもなけれど此儘このまま別れては何とやら仏作って魂入れずと云う様な者、話してよき事ならばきいた上でどうなりと有丈あるたけの力喜んで尽しましょうといわれておたつ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
もししいてそれを云うようであれば、半次の旧悪の数々とともに、彼の居所をその筋へ密告するからと脅迫したところから、半次は今はもうこれまでなりと思い
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
大「いや、どうも無理に酒をしいられ、神原も中々の酒家のみかで、飲まんというのをかずに勧めるには実に困ったが、飯もべずに帰って来たが、さぞ待遠まちどおであったろう」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
此方こなたより訪はまく思立つ時にのみ訪ひ行き、わが心のままなる思にふけりて、去りたき時に立去るもしいて袖引きとどめらるるおそれなく、幾年月打捨ててかえりみざることあるも
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
しいて相続させたところで、笑を傍倫に取るのみで、その益ないことであるから、息子が何人生れようと、皆ことごとく釈門に入れようと、多年思慮しておったのである。
私はしいて議論もせず、脱走連中にしって居る者があれば、余計な事をするな、負けるからよしにしろといいめて居た位だから、福澤を評するに前朝の遺臣論も勘定が合わぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
消極的に出ることは自己以外の威力に強制されてるので、独立自由の人格の好まないところ、甘んじないところ、止むを得ざること、わば恐迫されしいられてる如きものである。
デモクラシーの要素 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
頓狂とんきょうな、夢を見ている様なうつろの声が答えた。三谷はギョッとしたが、しいて元気な調子で
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかれども先生は従来じゅうらい他人の書にじょたまいたること更になし、今しいてこれを先生にわずらわさんことしかるべからずとこばんで許さざりしに、ひそかにこれをたずさえ先生のもとに至り懇願こんがんせしかば
片側町ではあるけれども、とにかく家並があるだけに、しい方向むきを変えさせられた風の脚が意趣に砂をげた。砂は蹄鉄屋の前の火の光に照りかえされて濛々もうもうと渦巻く姿を見せた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それ以外にそれ以上におびただしくかくれた佳作が存在する。特に使用せられた各種の日常の用器に素晴らしい作が残る。しいて茶趣味で工風くふうせられた作の如きは、むしろなんらの反省に価しない。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
後宇多はしいられて退位し、後深草の御子みこが伏見天皇となられたのが、弘安こうあん十年。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もししいてこの語を存せんとならば「暗く見ゆる神の恵」なる定義を附して存すべきなり、刑罰なる語を以て爾に愛せらるるものをしばしば威嚇する爾の教役者きょうえきしゃをして再び爾の聖書を探らしめ
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「上衣が見ッからねえんですよ。多分、誰かゞ間違って着たんだ。俺の名前が書いてあるのに。」しいて作ったような、意気地のない笑いを浮べた。中隊長は聞いて、聞かぬらしく苦々していた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
俗務をおッつくねて、課長の顔色をけて、しいて笑ッたり諛言ゆげんを呈したり、よつばいに這廻わッたり、乞食こつじきにも劣る真似をしてようやくの事で三十五円の慈恵金じえきんに有附いた……それが何処どこが栄誉になる。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
論者、間々ままあるいは少年子弟の自治の精神を涵養し、その活溌の気象を発揚するを喜びず、しいてそのやからかりてこれを或る狭隘きょうあいなる範囲内に入れ、その精神をおさえ、その気象を制せんと欲するものあり。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
変って居るのは唯々ただ何時いつもの通り夜になると不動様を拝むことだけで、僕等ぼくらもこれは最早もはや見慣れて居るからしいて気にもかゝりませんでした。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
三山の親切に対してしいて争う事も出来ずに不愉快な日を暮す間に、大阪の本社とは日に乖離かいりするが東京の編輯局へは度々出入して自然したしみを増し
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そんな者をしいて好んで食わ無くてもそのお隣りに柔かくてオイシそうな本当のタビラコがウントコサとあるじゃ無いか。常識から考えたってぐ分る事ダ。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
余は舌鼓したつづみうって、門をたゝいて、しいて開けてもらって内に入った。内は真闇まっくらである。車夫に提灯ちょうちんを持て来させて、妻や姉妹に木曾殿きそどのとばせをの墓を紹介しょうかいした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
然るに片山夫婦は予に告げて曰く、通例の和服にては、小虫を防ぐには足らず、とても耐忍すべからずと。斯く示されたりしも、しいて和服にて股引をはきて出掛けたり。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
しいて敵に内通をしたとはいはん、が、既に国民の国民たる精神のない奴を、そのままにして見遁みのがしては、我軍の元気の消長に関するから、きっと改悟の点を認むるか
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その後わたしは年々暑さ寒さにつけて病をいたわる事のみにいそがしく再び三味線のけいこをするような気にもならずまたしいて著作の興を呼ぶ気にもならなくなった。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
誠にあれはお母様かゝさまに対しても置かれた義理ではございません、憎い奴でございますが、しいすがり付いて参り、私故にお隣屋敷の源次郎さんが勘当をされたと申しますから
しいて考えるならば、好かれたからこそ殺されたのです。恋の叶わぬ恨みですね。併し、そうだとすると、園内でちま子を恋していなかったものは一人もないと云って差支さしつかえないのです。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これがむかしのように自分は一向承知しないにもかかわらず、しいて財産の一部を捲き上げたり、あるいはこれを自分の一向賛成せぬことに用うれば、自由のない国家として、今日より見れば専制、独裁
デモクラシーの要素 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
今は山海の珍味を旨とし、しいて季節はずれのものを誇ります。したがって価は極めて高いのです。だが真の茶料理はそうではないはずです。その土地のもので季節の品を選ぶのが本筋なはずです。
民芸とは何か (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
大抵の約束を実行する場合を、よく注意して調べて見ると、どこかに無理があるにもかかわらず、その無理をしいしかくして、知らぬ顔でやって退けるまでである。決して魂の自由行動じゃない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
父親は母親に押えられてしいて居所も訊かなかった。
豆腐買い (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「今度だけ私にまかして下さい、何とか致しますから」と言われて自分はしいて争わず、めいり込んだ気を引きたてて改築事務を少しばかりとって床にいた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しいて評価すれば、第一編はマダ未熟であり、第三編はあぶらが抜けて少しくタルミがあるが、第二編に到っては全部が緊張していて、一語々々が活き活きと生動しておる。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しいて敵に内通をしたとは謂わん、が、既に国民の国民たる精神の無い奴を、そのままにして見遁みのがしては、我軍の元気の消長に関するから、きっと改悟の点を認むるか
海城発電 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかるをしいて強情を申し張り、ことに命より荷物が大切だ、切られても構わんというから撿めさしたのだ、さアもう許さんからけ武士に二言は無い、番頭手前もしからん奴だ