つい)” の例文
旧字:
葉子は下宿へいに来る一色とついで二三度庸三の書斎に姿を現わしたが、ある晩到頭一人でやって来て机の前にいる彼に近づいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
繻子しゅすの模様もついとは思うが、日除ひよけ白蔽しろおいに、卸す腰も、もたれる背も、ただ心安しと気を楽に落ちつけるばかりで、目の保養にはならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが、一同ついの鼠いろの木綿袷もめんあわせに浅黄の袴、足半あしなかという古式の脚絆きゃはんをはいているところ、今や出師すいしの鹿島立ちとも見るべき仰々ぎょうぎょうしさ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
日頃遊び仲間の髢屋かもじやの幸吉や船頭の鉄公などに見付からぬように急いで家へ帰り、盲縞めくらじまの学校着をついの黄八丈の不断着に着更えるや否や
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
が、松と緋葉もみじの中なれば、さすらう渠等かれらも恵まれて、足許あしもとの影はこまよこたえ、もすそ蹴出けだしは霧に乗って、つい狩衣かりぎぬの風情があった。
それに、卯木と元成との、一ついの姿は、この庶民の沼底をすくッたような阿弥村では、鶏群中けいぐんちゅうの一かくみたいに、余りに人目立ってもいた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は夫婦仲好のまじないと云って誰でも探すと笑いつゝ、松にじ上り、松葉の二つい四本一頭にくくり合わされたのを探し出してくれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
雪を払ふは落花をはらふについして風雅の一ツとし、和漢の吟咏あまた見えたれども、かゝる大雪をはらふは風雅のすがたにあらず。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
このおばけは“mošir-šinnaysam〔国の・ばけもの〕kotan-šinnaysam〔村の・ばけもの〕”とついにして用い
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
そうして二人ともに藤の花の模様のついの振袖を着ておりました。それから頭とかおとはこれも対の紫縮緬むらさきぢりめん女頭巾おんなずきんを、スッポリとかぶっています。
ついになっていたんですがね。買手は別々でした。こんなやくざな店には勿体もったいない様な、いい出物でしたよ。相当お値段も張っていましたがね」
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
七つ糸の唐桟とうざんついに、献上博多けんじょうはかたの帯をしめた彼を見ては、黒死館における面影など、何処いずくにも見出されないのである。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
今も、黄いろい秩父のついの着物に茶博多ちゃはかたの帯で、末座にすわって聞いているのを見ると、どうしても、一生を放蕩ほうとうと遊芸とに費した人とは思われない。
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
アカシアがまだついの葉をせて睡っている、——そうした朝早く、不眠に悩まされた彼は、早起きの子供らを伴れて、小さなのは褞袍どてらの中にぶって
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
哀れとも愚かとも何とも早や、申上げようのない「ふおるもさ、ううろんち」が一つい、出来上ったもんでゲス。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
肉体の元子と精神の元子とが一つずつついになっているというデモクリトスの説は誤りである。後者の数は前者に比してはるかに小さい、と論じる条がある。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
たちまち警蹕けいひつの声が内からきこえて、衛従の者が紅い絹をかけた金籠の燭を執ること数十つい、そのなかに黄いろい衣服を着けて、帝王の如くに見ゆる男一人
京弥菊路のふさわしい一ついを眺めつつ、出来るものなら生れ代って二日か三日主水之介になりたい位でした。
く黒紋付のつい仙台平せんだいひらというこしらえだったから、岡目おかめには借金にくるしめられてるとは少しも見えなかった。
旦那だんなの馬車に合うような車輪はありません。二つずつついになっていますからな。車輪をいい加減に二つ合わせようたってうまくいくもんじゃありません。」
そして、彼女の麗わしさを囲繞いじょうし秘蔵しているように思われる燐然さんぜんたる雰囲気の中に、最も微妙に想像された一ついの翼が浮んでいるのが、かろうじて見分けられた。
それのついに当る女体が、張り切った両の乳房を、場内へ突き出しているのとの間に立ったのである。
餓えた人々 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
保子と向合って、米琉絣のついの羽織と着物とをつけた六十足らずの、上品なお婆さんが坐っていた。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
母はその日のために苦しい中から工面して木綿のしま筒袖つつそでと、つい羽織はおりとをつくってくれた。私はそれを着せてもらって、みんなと一緒に、喜び躍りながら学校に行った。
しかして普通の蜘蛛ならば、八本の足で歩くはずのところを、蟻蜘蛛は第二つい以下の六本の足で歩き、第一対の足はあたかも蟻のひげを動かすごとくにつねに動かしている。
自然界の虚偽 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
わずかに五十ついばかりの列めぐりをはるとき、妃はかんむりのしるしつきたる椅子にりて、公使の夫人たちをそばにをらせたまへば、国王向ひの座敷なる骨牌卓カルタづくえのかたへうつり玉ひぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
わが町民の一人が一ついの牛を市場にっていくのに追いついたが、その人はわたしに、どうしてあなたは世の中のたのしみのそんなに多くを棄てる気になれたのか、と訊いた。
木製の椅子が一つい、夜も昼も寝ころんで空想にふける寝台が一脚、それから大きい黒いかしわの書棚が一個、そのほかには部屋じゅうに家具と呼ばれそうな物ははなはだ少ないのであった。
ついずつ一対ずつ一列の腫物は他の一列へそういうふうにしてみな嵌まってしまった。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
華美はでな装をして吉原へまいりましたことがなにやらの書物にございましたが、千蔭先生は紫縮緬の紋付のついで、千蔭緞子どんすの下着に広東織かんとんおりの帯を締めて遊びにまいったということが
明るい灯の下、珍味の食卓を中に、一ついの紳士淑女はフォウクと談笑をもてあそんでいる。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
通りすがった二人づれ——つい黄八丈きはちじょうを着て、黒繻子くろじゅす鹿と麻の葉の帯、稽古けいこ帰りか、袱紗包ふくさづつみを胸に抱くようにした娘たちが、朱骨の銀扇で、白い顔をかくすようにして行く、女形おやま
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
由って英人は頭巾猴ずきんざると呼ぶとはいわゆる楚人沐猴もっこうにして冠すのついだ。
植村さまも好いお方であつたものをとお倉の言へば、何があの色の黒い無骨らしきお方、学問はゑらからうともどうで此方うちのお嬢さまがついにはならぬ、根つから私は褒めませぬとお三の力めば
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「お静さんと一年前についこさえたんだよ。お静さんのでなきゃア私のさ」
問『一つい夫婦ふうふあいだうまれる子供こどもかずはどれくらいでございましょうか?』
規則正しく細長い前面の平面をきわ立たせ、潤いきった大きな二つのひとみと、締まって厚い上下の口びるとは、皮膚を切り破って現われ出た二ついの魂のようになまなましい感じで見る人を打った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それに天性の見栄坊みえぼうも手伝って、矢張やっぱり某大家のように、仮令たとい襟垢えりあかの附いた物にもせよ、兎に角羽織も着物もつい飛白かすりの銘仙物で、縮緬ちりめん兵児帯へこおびをグルグル巻にし、左程さほど悪くもない眼に金縁眼鏡きんぶちめがねを掛け
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
『夢金』の浪人者は黒羽二重、娘は黄八丈のつい服。
噺家の着物 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
ついをなし、連れ立ちて行くことを忌めり。
好運が急角度で自分の方にきかえり、時節が到来したように思われ、大島のついの不断着のままの銀子を料亭の庭の松のかげに立たせて
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかも、涼霄りょうしょうの花も恥ずらん色なまめかしいよそおいだった。かみにおやかに、黄金きん兜巾簪ときんかんざしでくくり締め、びんには一つい翡翠ひすいせみを止めている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かまちがだだ広く、炉が大きく、すすけた天井に八間行燈はちけんの掛かったのは、山駕籠とつい註文ちゅうもん通り。階子下はしごしたの暗い帳場に、坊主頭の番頭は面白い。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
袈裟けさもなく、法衣ころももなく、数珠ずずさえも手にしていない代り、前の人とついな団扇を持って、はたはたと路傍の花を撫でながら
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ついの古渡り唐桟とうざんに幅の狭い献上博多けんじょうはかたをきゅっと締めて、乾児の勘弁勘次を促し、傘も斜に間もなく紅葉湯を後にした。
薔薇ばらの花を刺繍ぬいにした籃入かごいりのピンクッションもそのままであった。二人しておついに三越から買って来た唐草からくさ模様の染付そめつけ一輪挿いちりんざしもそのままであった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それに、黒地のついへ大きく浮き出している茅萱ちがや模様のさきが、まるで磔刑槍はりつけやりみたいな形で彼女のくびを取り囲んでいる。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「棠陰比事」の方は、それほど堅苦しいものではなく、いわば裁判逸話集で、似通った二つの事件を一ついにして、七十二対の話が三巻に収められている。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私はすっかり服装を改めて、ついの大島の上にゴム引きの外套がいとうまとい、ざぶん、ざぶんと、甲斐絹張りの洋傘に、たきごとくたたきつける雨の中を戸外おもてへ出た。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そうして早くあれ位の顔になりたいと思う。学生が博士になりたいと思うのとついである。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)