いな)” の例文
悪妻に一般的な型などあるべきものではなく、いな、男女関係のすべてにおいて型はない。個性と個性の相対的な加減乗除があるだけだ。
悪妻論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
昔年、彼が犯罪界の王としてまた巴里パリーにおいて最も有名な人物として、彼はしばしば多くの讃辞やまたは謝辞、いな恋文さえ受取った。
ただ口にいってしかして衆人に実行させ、おのれもまたこれを実行するという点に於ては先生の右に出ずる者がなかった。いな今でもない。
喜太郎の話は、靜かで整然として、極めて事務的ですが、その話氣の底に、一脈の哀愁の流れて居ることはいなむ由もなかつたのです。
とほりかゝるホーカイぶしの男女が二人、「まア御覧ごらんよ。お月様。」とつてしばら立止たちどまつたのち山谷堀さんやぼり岸辺きしべまがるがいな当付あてつけがましく
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一、 最初さいしよ一瞬間いつしゆんかんおい非常ひじよう地震ぢしんなるかいなかを判斷はんだんし、機宜きゞてきする目論見もくろみてること、たゞしこれには多少たしよう地震知識ぢしんちしきようす。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
それは、炉の中へ棺を入れるがいなや、四方から火が吹き出して、会葬者が待っている間に、見る見る灰になってしまうという話しだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこへ男の待っている電車が来たと見えて、彼は長い手で鉄の棒を握るやいなせた身体からだていよくとまり切らない車台の上に乗せた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼方かなた山背やまかげからぞろ/\とあらはれてたが、鐵車てつしやるやいな非常ひじやう驚愕おどろいて、奇聲きせいはなつて、むかふの深林しんりんなかへとせた。
金でもって、こんな白痴の妻——いなもてあそび物に、自分をしようとしたのだと思うと、勝平に対する憎悪ぞうおが又新しく心の中に蒸し返された。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すでにこのことは、梁党りょうとうの下部から中堅にいたるまでの者が、当然のように、心で推していたことであり、ついに宋江もいなみかねて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前者の時には往々いな多くの場合に教師はよい加減に誤間化ごまかして答えようとする傾きがある。これは甚だよくないことはいうまでもない。
研究的態度の養成 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
旨い字か、いな、拙い字か、否、ただ、よい字である。よい字というものは、よい人格が生む以外、ほかに生んでくれる母体はない。
覚々斎原叟の書 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
さくらうらを、ぱつとらして、薄明うすあかるくかゝるか、とおもへば、さつすみのやうにくもつて、つきおもてさへぎるやいなや、むら/\とみだれてはしる……
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
かくまで、この子守唄が、瞑想めいそうふけらせるとしたら、その子守唄には、最も力強い芸術的の魔力があることをいなむ訳にはゆかない。
単純な詩形を思う (新字新仮名) / 小川未明(著)
それはとにかく、ソクラテスの偉大なるところは、徹頭徹尾、思い切って所信を披瀝ひれきした、その無遠慮な点に存する事をいながたい。
ソクラテス (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
いな、西にあらず、まず東に行かん、まずアメリカに遊ぶべし、それよりイギリスに、その後はかねて久しく望みしフランスイタリアに。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
鍋町なべちやううらはう御座ございますかと見返みかへればいな鍋町なべちやうではなし、本銀町ほんしろかねちやうなりといふ、らばとばかりいだまた一町いつちやうまがりませうかとへば
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お蓮様にしたところで、十分この道場には未練があるし、それに、もともと丹波はきらいではないのですから、二言といなは申しません。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼れは此家の瓶のうちに若し曲者くせものが老人の室に投捨て去りし如き青き封蝋の附きたるコロップあるやいな探究さぐりきわめんと思えるなり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
彼が今に至ってこの種の語を発するは、彼のためにおしむべき至りである。いな彼がかかる語を発したというのははなはだ疑わしきことである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
さらに聞き入ず否々和主達おまへたちが殺したりと云には非ず御知らせ有しは少しの災難さいなん手續てつゞきなればやむを得ず夫ともたつて止まるをいなとならばなは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
かれ自分じぶん燐寸マツチさがしにせま戸口とぐち與吉よきちをやらうとした。與吉よきちあまえていなんだ。かれはどうしてもだる身體からだはこばねばならなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
乗り移るやいな、船頭直に櫓を執り、熟地に向う、漁史膝を抱きて、四辺しへんを眺めながら、昨日一昨日の漁況は如何いかがなりしと問えば
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
ここにペテロ、主の「今日にわとり鳴く前に、なんじ三度みたびわれをいなまん」と言い給いし御言みことばおもいだし、外に出でていたく泣けり。
雪の上の足跡 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
というぼくの句に、おさわへのぼくの思慕のかげがさしているという人があっても、ぼくは、決して、それをいなまないだろう……
三の酉 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
吾々の生前果して能くこの責任を尽しおわりて、第二世の長老を見るべきやいなや。之を思えば今日進歩の快楽中、亦おのずから無限の苦痛あり。
「まことにごもっとものお言葉、林蔵身にしみてござります——高萩のにいなやありませねば、私よろこんで和解いたしたく——」
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
詩人に交際のすくない、いなむしろ交際を避けて居るヌエはたれとも握手をしなかつた。皆思ひ思ひに好む飲料のさかづきを前に据ゑて雑談にふけつて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それ故に果たしてチベット仏教が、真実我が日本国家の仏教と一致して居るやいなやを取調べるために私はこの国へ来たのである。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
さてそこで僕は、ホテル住まひの身になれたか? 断じていな。僕が次に居住を指定された場所は、同じ病院内の、なんと産婦人科であつた。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
いな此処ここには持ちはべらねど、大王ちとの骨を惜まずして、この雪路ゆきみちを歩みたまはば、僕よき処へ東道あんないせん。怎麼いかに」トいへば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
その優秀な頭脳は各学会に、さまざまのすばらしい研究問題をあたえて、日本いな世界の科学界を面目一新させようとしている。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いな、見たりといひ会へりといふの言葉は、なほ皮相的、外面的にしてとてもこの刹那の意識を描尽するに足らず、其は神我の融会也、合一也
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
たといそのような執拗さが当時の女(いな総じて当時の貴族)に珍しいものであったにしても、それは女らしいという特徴を失うものでない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
斬口でその斬った人の手腕がわかる、いな、手腕のみではない、それが何流の剣道に出でてどの程度まで行った人だということもわかるはず。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
款待かんたいの厚薄によって武塔むとう天神に賞罰せられた話、世くだっては弘法大師が来って水を求めた時、悪いうばはこれをいなんで罰せられ
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
墓標は動かず、物いわねど、花筒はなづつの草葉にそよぐ夕風の声、いなとわが耳にささやくように聞ゆ。これあるいは父の声にあらずや。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
八重山の人が平家の子孫だとすれば、彼らは系図の上から沖縄本島の人よりも、一入ひとしお日本民族に近い親類いな純粋なる大和民族という事になる。
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
汝の知らんと欲するは、はたされざりし誓ひをば人他のつとめによりてつぐのひ、魂をして論爭あらそひまぬがれしむるをうるやいなやといふ事是なり。 一三—一五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それが自分の好物であるかいなかをたしかめた上で、始めて跳び上るのであるが、それでも頭上一尺ぐらいの低さにしなければ駄目だめなのである。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さう——私はそれを忘れはしない。そしてあなたもいなむ筈はない。その言葉はあなたの口からはつきりと聞えた。はつきりと、やさしく聞えた。
かくも、山頂さんてう凸起とつきする地點ちてん調査てうさこゝろみ、はたして古墳こふんであるかいなかをたしかめる必用ひつようしやうじたので、地主側ぢぬしがは請願せいぐわんもあり
いな、一だいのうちでも、いへ死者ししや出來できれば、そのいへけがれたものとかんがへ、しかばね放棄はうきして、べつあたらしいいへつくつたのである。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
彼は涙ぐみて身をふるはせたり。その見上げたるまみには、人にいなとはいはせぬ媚態あり。この目の働きは知りてするにや、又自らは知らぬにや。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
私たちふたりの馬はその恐ろしさに、あたかも化石したように立ちすくんだ。土や石の落ちる物音が鎮まるやいなや、わたしの連れはつぶやいた。
いな!』と強く自ら答へて見た。自分は仮にも其麽そんな事を考へる様な境遇ぢやない、両親ふたおやはなく、一人ある兄も手頼たよりにならず、又成らうともせぬ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
折柄おりから梯子段を踏轟ふみとどろかして昇が上ッて来た。ジロリと両人ふたり光景ようすを見るやいなや、忽ちウッと身を反らして、さも業山ぎょうさんそうに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
日本はおろか、支那でも、西洋でも、いな、世界開闢かいびゃく以来、いまかつ何人なんぴとによっても試みられなかったであろうと、僕はおおいに得意を感ぜざるを得ない。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ナポレオン伝が何百冊と出ていて、それを読むものが何千万人とあったけれど、果して第二のナポレオンが現れたか? 一人でも現れたか? いな
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)