むこ)” の例文
日が小豆島のむこうに落ちたと思うと、あらぬかたの空の獅子雲が真赤まっかに日にやけているのを見る。天地が何となく沈んで落着おちついて来る。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
松と草藪くさやぶ水辺すいへんの地面と外光と、筵目むしろめも光っている。そうして薄あかい合歓ねむの木の花、花、花、そこが北島、むこはるかが草井の渡し。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
帰路きろ余は少し一行におくれて、林中りんちゅうにサビタのステッキをった。足音がするのでふっと見ると、むこうのこみちをアイヌが三人歩いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ある日も、王子は芝生しばふの上にころんで、むこうの高いかべをぼんやりながめていました。かべむこうには、青々とした山のいただきのぞいていました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「それよりむこうのくだものの木の踊りのをごらんなさい。まん中にてきゃんきゃん調子ちょうしをとるのがあれが桜桃おうとうの木ですか。」
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そしてそれが水上すいじょうわたってむこうへえたとおもうと、幾匹いくひきかの猟犬りょうけん水草みずくさの中にんでて、くさすすんできました。
はずかしがるにゃァあたらねえ。なにもこっちから、血道ちみちげてるというわけじゃなし、おめえにれてるな、むこさま勝手次第かってしだいだ。——おせん。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「まあ、また何でそんな事になったん?」「ほんまに噂いうもん早いもんで、もうちゃあんと、あなたと私のことむこい知れてしもてるねん。」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
美くしいたちばな湾が目の下に見え、対岸の西彼杵にしそのき北高来きたたかぎの陸地を越したむこうにはまた、湖水のように入込いりこんでいる大村湾が瑠璃るり色をたたえている。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
先棒はようやく起き上がりましたが、むこずねしたたかにやられて、急には動けません。前後の四挺の駕籠は、このときようやく下ろされて、八人の若い者が
といってちょっとポケットから椰子やしの実をのぞかしてむこうへ行った。多分たぶんモンマルトルのまつり射的しゃてきででも当てたのだろう。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
最近かたづいたとき、おたかは、むこさんの娘はんは夜店歩きしはったり、番台で坐ったはったりして、男こしらえるのがそら上手だっせといいふらした。
婚期はずれ (新字新仮名) / 織田作之助(著)
道はやがて低くなったかと思うとまた爪先上りになったその行先を、はるかむこうの岡の上に茂った松林の間に没している。その辺から牛の鳴く声がきこえる。
買出し (新字新仮名) / 永井荷風(著)
貴様の世話になるもんかと怒鳴どなりつけてやったら、むこう側の自席へ着いて、やっぱりおれの顔を見て、となりの歴史の教師と何か内所話をして笑っている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と騒ぎまわる連中も居たが、そんな事ではいつでも先に立つ例のむこきずかねが、この時に限って妙に落付いて
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところへ、むこ河岸がしでは盛んな景気で、思う存分の腕をふるっている上に、聞き捨てにならないのは、お角が駒井能登守ほどの男を自由にしているとのこと。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
また殺風景なるものは遠望する方よろしく候。菜の花のむこうに汽車が見ゆるとか、夏草の野末を汽車が走るとかするがごときも殺風景を消す一手段かと存候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
灰色の薄曇をしている空の下に、同じ灰色に見えて、しかも透きとおった空気に浸されて、向うの上野の山と自分の立っているむこうがおかとの間の人家のむれが見える。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
大辻老はむこうへ懐中電灯をたよりに引返ひっかえしていった。そしてしきりと路上にかがまっては探していたが
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
むこうの峯より何百とも知れぬ狼此方へれて走りくるを見て恐ろしさに堪えず、樹のこずえのぼりてありしに、その樹の下をおびただしき足音して走り過ぎ北の方へ行けり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それが、さ、君忘れもせぬ明治三十七年八月の二十日、僕等は鳳凰山下を出発し、旅順要塞背面攻撃の一隊として、盤龍山ばんりゅうざん東鷄冠山ひがしけいかんざんの中間にあるピー砲台攻撃にむこた。
戦話 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
「榊原の泊まっている木屋町から、むこ河岸がしじゃねえか。見つかッたら、こんどこそ、首がとぶ」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あれ、じょうこわいねえ、さあ、ええ、ま、せてるくせに。」とむこうへ突いた、男の身が浮いた下へ、片袖を敷かせると、まくれた白い腕を、ひざすがって、お柳はほっ呼吸いき
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひやりと頸筋くびすじに触れたものがある、また来たかとゾーッとしながら、夢中に手で払ってみると、はたせるかな、その蝶だ、もう私もねたので、三ちょうばかり、むこずにけ出して
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
行手をすかして見ると、道が山のむこうへ廻っていて、前の馬車が見えなかった。
遠野へ (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
この夫婦ふうふうち後方うしろには、ちいさなまどがあって、そのむこうに、うつくしいはな野菜やさいを一めんつくった、きれいなにわがみえるが、にわ周囲まわりにはたかへい建廻たてまわされているばかりでなく、その持主もちぬし
七軒町しちけんちょう大正寺たいしょうじという法華寺ほっけでらむこう、石置場いしおきばのある其の石のかげに忍んで待っていることは知りません、中根は早帰りで、銀助ぎんすけという家来に手丸てまる提灯ちょうちんを提げさして、黄八丈の着物に黒羽二重の羽織
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
北公 むこの親分、どうかご遠慮なくおあらためください。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「あの、森のむこうにある古いお城は何という城ですか?」
此方を向いて歩いていると思ううちにまたいつかむこうの方を向いて歩いていて、その曲りくねった田圃路をたどりつつあるのである。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
私の汽車から、火夫かふが一人おりていきました。見ると、むこうの汽車からも火夫かふが一人おりてきます。両方りょうほうからやっていきました。
ばかな汽車 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
老人は、だまってれいかえしました。何かいたいようでしたが黙ってにわかにむこうをき、今まで私の来た方の荒地あれちにとぼとぼ歩き出しました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そのむこうの空のぬれた黝朱うるみの乱雲、それがやがてはかつとなり、黄となり、朱にあかに染まるであろう。日本ラインの夕焼けにだ。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
先棒はようやく起き上がりましたが、むこずねしたたかにやられて、急には動けません。前後の四挺の駕籠は、このときようやく下ろされて、八人の若い者が
むこらへんの連中がそんな噂聞きさがしてMの方いしゃべったのんが、それがまたお母さんの耳に這入はいってしもてんわ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「分って居るさ、だけどむこうがいくらこっちを侮蔑したって、こっちの風袋ふうたいは減りもえもしやしないからな。」
「そら、下手は下手なりに、むこは商売人や。——どや、しんどいやろ。豆糞ほど(少しの意)俥に乗せたろか」
わが町 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
はてはそばまつろうのいることをさえもわすれたごとく、ひとしきりにうなずいていたが、ふとむこずねにたかった藪蚊やぶかのかゆさに、ようやくおのれにかえったのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
すると、むこうでは、このあたらしくやってものをちらっとると、すぐつばさひろげていそいでちかづいてました。
現に水夫の中でも兄い分の「むこきずかね」がわざわざ鉄梯子ばしごを降りて、俺に談判をじ込んで来た位だ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
こう思ったがむこうは文学士だけに口が達者だから、議論じゃかなわないと思って、だまってた。すると先生このおれを降参させたと疳違かんちがいして、早速伝授しましょう。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まあ、仕方がねえ。これビショ濡れだ、上着も帯も。それにむこずねを少しいたね、痛いかえ」
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
北から風が吹いて居る。田圃たんぼむこうの杉の森をかすめて、白い風がふっふっ幾陣いくしきりはすに吹き通る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
むこうて筋違すじっかいかどから二軒目に小さな柳の樹が一本、その低い枝のしなやかに垂れた葉隠はがくれに、一間口けんぐち二枚の腰障子こししょうじがあって、一枚には仮名かな、一枚には真名まなで豆腐と書いてある。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と思う暇もなく、一同のむこずねは、いやッというほどひどい力ではらわれてしまいました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
不幸な子供のたましいをとむらいながら、可愛御堂かわいみどう堂守どうもり生涯しょうがいをおわろうと思っていた菊村宮内きくむらくないも、むかしの主人であり、ふるさとの兵である北国勢ほっこくぜいが、すぐむこぎし木之本きのもとでやぶれ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間違まちがって原をむこがわへ下りれば、もうおらは死ぬばかりだ。)と達二は、半分思うように半分つぶやくようにしました。それからさけびました。
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
煙霧は模糊もことして、島のむこうの合流点の明るく広い水面を去来し、濡れに濡れた高瀬舟は墨絵の中のみのと笠との舟人かこに操られてすべって行く。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その山が一番高いのかと思っていましたのに、きてみると、さらに高い山がむこうにそびえています。王子はいいました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
むこが悪い人やったらこっちかって利用してやらんと損やわ。」「けど、あんたの方が破談になって、市会議員のいとはんもよろこんではるやろなあ。」
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)