いにし)” の例文
その神工鬼斧しんこうきふに驚嘆して歌をつくり、またはいにしえの浦島の子の伝説を懐古してあこがれたりするようなことは得手えてではありません。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「静御前」と云う一人の上﨟じょうろう幻影げんえいの中に、「祖先」に対し、「主君」に対し、「いにしえ」に対する崇敬すうけい思慕しぼの情とを寄せているのである。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いづれも「いへ」に生命を感じたいにしへびとの面目めんもくを見るやうである。かう云ふ感情は我我の中にもとうの昔に死んでしまつた。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なし酒の機嫌きげんいにしへの物語りなどして品川より藝者げいしやよび大酒盛となりて騷ぎ散す中はや暮相くれあひと成ければ仁左衞門はやがて身を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
私はいにしえの朝鮮が驚くべき藝術を私に示す事によって、現代の朝鮮にも深い希望を持つ事を学ばしめたのを感謝している。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いにしへより卓犖たくらく不覊ふきの士、往々にして文章を事とするを喜ばず、文字の賊とならんより心中の文章に甘んじたればならむ。
山庵雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そのうえ猫は、アングレー伯爵からはかくも軽蔑せられたが、いにしえの共和制を尊んでいた。そのために彼らの目には自由の姿が刻み込まれていた。
いにしえのローマ帝国でもこれほど大きくはなかったから外国人が驚異の眼をみはるのも無理からぬことだなどと言った……。
一体いったい出来できが面白い都会で、巴里パリーに遊んでそのいにしえをしのぶとき、今も悵恨ちょうこんはらわたを傷めずにはいられぬものあるが
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
併しながら近代の日本人及びいにしへの希伯来ギリシア人の如き不屈なる国民中にあつて吾人は蓄妾が律法と習慣とによりて定められたる制度なることを発見する。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
いにしえのしず苧環おだまきり返して、さすがに今更今昔こんじゃくの感にえざるもののごとくれと我が額に手を加えたが、すぐにその手を伸して更に一盃を傾けた。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
山部宿禰赤人やまべのすくねあかひと不尽山ふじのやまを詠んだ長歌の反歌である。「田児の浦」は、いにしえは富士・廬原の二郡に亙った海岸をひろく云っていたことは前言のとおりである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
猶太ユダヤ宗の人もまたこの日をもって礼拝日となせり。いにし希臘ギリシアの一帝あり、この日をもって神を祭るべきを公布せしより、ついに世間普通の祭日となるに至れり。
日曜日之説 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
これけだし結果にのみ重きをき過ぎて、手段の如何いかんを顧みなかった過失であって、いにしえの立法家のしばしば陥ったところである。立法はすべからく堂々たるべし。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
人生の旅路を、菩薩の修業に託して説いてくれたいにしえの聖者の心持が、尊くありがたく感ぜられるのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
個人について云えばイブセンである。メレジスである。ニイチェである。ブラウニングである。耶蘇教徒ヤソきょうと基督キリストのために存在している。基督はいにしえの人である。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それはいにしえから歌人なども称美し来ったうぐいすであります。この鶯の啼き始めるということも時候の変化につれて起ってきた現象の一つであります。……動物上の現象
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それが真実であるならば、「いにしえは詩三千余篇ありき。孔子に至るに及びて、その重なれるものをて」
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
鹵簿ろぼ還幸かんこうには、全山お名残りを惜しんで、聖武の帝のいにしえもかくやと、みな申しはやしたものでしたが……今、やつれ輿ごしにて、ここへ御避難あらせ給うと聞くや
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いにしえより二度登るものは馬鹿とさえ言伝えられたるにもかかわらず、十数回の昇降をなし、また山頂は快晴なるも五、六合辺にて風雨にさえぎられ、建築材料延着のため
お屋敷の方はともあれかし、この世の乱れの収まったのち、たとえ天下はどのように変ろうとも、かならず学問のかつえが来る、いにしえの鏡をたずねる時がかならず来る。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
少し行くといにしえの高原たかはら駅の跡がある。四十余年前までは高原の村はこの山上に在ったのだそうだ。
そして今日では、すべてがまたそのいにしえの風にかえって、憚らず肉を喰っているのであります。
嘿斎ぼくさいいはく、すべて祭礼に用ふる傘矛かさぼこといへる物はいにし羽葆葢うほかいの字をよめり、所謂いはゆるさんにして(きぬかさとよむ)神輿鳳輦しんよほうれんおほたてまつるべき錦蓋きんかい也といへり。なほせつありしが長ければはぶく。
また『西域記』十二にいにし瞿薩旦那くさたな国王数十万衆を整えて東国の師百万をふせぎ敗軍し、王はいけどられ将士みなごろしにさる、その地数十けい血に染みて赤黒く絶えて蘗草くさなしと見ゆ、南インド
引退ののちの晩年は寂寞せきばくであろう。功り名遂げて身退くとは、いにしえの聖人の言葉である。忘れられるものの寂しさ——それも貴女あなたあじわわねばなるまい。しかし貴女は幸福であったと思う。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
“……いにしへ、松、桜、榎等の列樹、路をはさんでありしを以て名くと云ふ”とある並木町のむかしに、もう一度、返したらどうか?……浅草にだって、一とこ位、無表情なビルディング街の
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
まことにいにしえの敬虔なる説教者が愛は本来人間のものではなく、神より来たりしもの、きよめの聖霊であるというたのもまことと思われるほど私の心のなかの他のものより際だって輝いて見える。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
松川はその時お召ぞっきのぞろりとした扮装ふんそうをして、いにしえの絵にあるような美しい風貌ふうぼうの持主であったし、連れて来た女の子も、お伽噺とぎばなしのなかに出て来る王女のように、純白な洋服を着飾らせて
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
白玉か何ぞと問いしいにしえも、かくやと思知おもいしられつつ、あらしのつてに散花ちるはなの、袖にかかるよりも軽やかに、梅花ばいかにおいなつかしく、蹈足ふむあしもたどたどしく、心も空にうかれつつ、半町はんちょうばかり歩みけるが、南無妙。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とどめず今めかしき石煉瓦れんがの垣さへ作り出でられ名ある樹木はこじ去られいにしへの奥州路おうしゅうじの地蔵などもてはやされしも取りのけられ鶯の巣は鉄道のひびきにゆりおとされ水雞くいなの声も汽笛にたたきつぶされ
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
して追善とす。いにしへよりの例なれども、其故解しがたし
獅子舞雑考 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
いにしへの秋さへ今のここちしてれにしそでに露ぞ置き添ふ
源氏物語:41 御法 (新字新仮名) / 紫式部(著)
青雲おをぐもただにひびかふつるぎ太刀たちいにしへありきいまもこの道
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
雌雄めをたき鯉岩烏帽子岩ゑぼしいはなどあり飯田とかへ通路ありとて駄荷多くつどひて賑し左れど旅人りよじんなどは一向になし晝の宿に西洋人二人通辯ボーイ等五六人居たるのみ此峠は木曾の御坂みさかと歌にも詠む所にて左のみ嶮しからず景色穩やかにてよしいにしへ西京よりあづまへ向ひて來んには此の峠こそ木曾にるは
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
そこは何人にも秘められた理想の里で、いにしえの武陵桃源といった、おだやかな夢が、まだ浮世の人によって、破られてはいないそうです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私はいにしえの朝鮮が驚くべき藝術を私に示す事によって、現代の朝鮮にも深い希望を持つ事を学ばしめたのを感謝している。
朝鮮の友に贈る書 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
然れども俗化するは人をして正常の位地に立たしむる所以ゆゑんにして、上帝に対する義務も、人間に対する義務も、いにしびとが爛熳たる花にたとへたる徳義も
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
もし寸毫の虚偽をも加えず、我我の友人知己に対する我我の本心を吐露するとすれば、いにしえの管鮑かんぽうの交りといえど破綻はたんを生ぜずにはいなかったであろう。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「田児浦」は今は富士郡だが、いにしえは廬原郡にもかかった範囲の広かったもので、東海道名所図絵に、「すべて清見興津より、ひがし浮島原迄の海浜の惣号そうがうなるべし」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
お屋敷の方はともあれかし、この世の乱れの収まつたのち、たとへ天下はどのやうに変らうとも、かならず学問のかつゑが来る、いにしへの鏡をたづねる時がかならず来る。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
番頭は四郎右衞門が見苦敷みぐるしき姿すがたを見ていにしへを思へば氣のどくに心得奧へ通しけるに三郎兵衞は若い者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼が三四百年の昔からちょっと顔を出したかまたは余が急に三四百年のいにしえをのぞいたような感じがする。余はもくしてかろくうなずく。こちらへ来たまえと云うからいて行く。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
“並木町——いにしへ、松、桜、榎等の列樹、路をはさんでありしを以て名くと云ふ。慶安頃まで、樹間に草舎くさやありて、草履草鞋わらぢなどひさぎしのみなりしが、後漸く人家稠密に及び、遂に今の街衢をなす。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
いにしえより賢人が小人のために禍を蒙った例は珍しからず、貴下御一人に限った運命ではないのであるし、およそ世の中は無道なものなのであるから、左様にお恨みなさるのは浅ましゅう存ずる
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
されば我邦のいにしえ猫を手飼の虎といえる事『古今六帖こきんろくじょう』の歌に「浅茅生あさぢふの小野の篠原いかなれば、手飼の虎の伏所ふしどころなる」、また『源氏物語』女三宮の条に見えたり、唐土もろこしの小説に虎を山猫という事
そこには、人面馬体をそなえてオリンポスの山を乗り越えた、不死身ふじみの壮大なる恐るべきタイタン族、サントール、いにしえのイパントロープ、すなわち神にして獣なるあの怪物のことが、語られている。
時と人のよくあって、いにしえを今に見る思いがした。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
七里の渡しというのは、この尾張の国の熱田から伊勢の桑名の浜まで着くところ、いにしえのいわゆる「間遠まどおの渡し」であります。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
怪しくも余は松島を冥想するの念よりも、一句を成さず西帰せし蕉翁の無言を読むの楽みにふけりたり。いにしへより名山名水は詩客文士の至宝なり、生命なり。
松島に於て芭蕉翁を読む (新字旧仮名) / 北村透谷(著)