充満いっぱい)” の例文
旧字:充滿
もしか敵役かたきやくでも出ようものなら熱誠をめた怒罵どばの声が場内に充満いっぱいになる不秩序なにぎやかさが心もおどるように思わせたのに違いない。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
するとまたそのおんなが、や、どッこいしょ、と掛声して、澄まして、ぬっと入って、ふわりと裾埃すそごみで前へ出て、正面充満いっぱいに陣取ったろう。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
漁師は膳の前に坐って蕎麦切をっている女房に、こんなことを云って、網の袋に充満いっぱいになって来る大きな鮭を想像していた。
鮭の祟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「今入れているじゃありませんか、性急せわしないだ」と母は湯呑ゆのみ充満いっぱいいでやって自分の居ることは、最早もう忘れたかのよう。二階から大声で
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
松枝まつえだ宿しゅくに泊りました、其の頃お大名のお着きがございますと、いゝ宿屋は充満いっぱいでございます。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あしを截り去れば脚また生じ、金の頭金の手金の脚家充満いっぱいとなりて、爛々燦々らんらんさんさんと輝きわたりければ、この事王の耳に入りしが、仔細しさいを問ひ玉ふに及びて、これ善行のむくいなりと知れ
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
素早く、階子段はしごだんの降口をふさいで、むずと、大手を拡げたろう。……影が天井へかかって、充満いっぱいの黒坊主が、汗膏あせあぶらを流して撫じょうとする。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
未だ夜の明けきらないうちに、舟に充満いっぱいの鮭を獲った夫婦は、一度帰って来てから、また舟に充満いっぱいの魚を獲った。
鮭の祟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
さて展覧会の当日、恐らく全校数百の生徒中もっとも胸をとどろかして、展覧室に入った者は自分であろう。図画室は既に生徒及び生徒の父兄姉妹で充満いっぱいになっている。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「うゝん、誰だか知らない。手桶の中に充満いっぱいになつて、のたくつてるから、それだから、げると不可いけないからふたをしたんだ。」
夜釣 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
やかましい父が見張っている時でさえ、そのすきを盗んでまとわりついた者が、今日からはどんなに煩耨しつこく纏うて来るだろうと云う恐れが、むすめの頭に充満いっぱいになっておりました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
充満いっぱいで御座います」とお徳は一言で拒絶した。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
極性ごくしょうしゅでござったろう、ぶちまけたかめ充満いっぱいのが、時ならぬ曼珠沙華まんじゅしゃげが咲いたように、山際やまぎわに燃えていて、五月雨さみだれになって消えましたとな。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それで懐の中の分が無くなると、今度は両方のたもとから、それが済むと、更に風呂敷包の中からと言うふうにするので、へやうちは忽ち蝋燭や線香で充満いっぱいになりました。私はあきれてしまって
母の変死 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ふた打欠ぶっかけていたそうでございますが、其処そこからもどろどろと、その丹色にいろ底澄そこすんで光のある粘土ねばつちようのものが充満いっぱい
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余りのことに気の弱い梓は胸が充満いっぱい、女が見ないので心のはりゆるんだか、みつめている目にほろりとした。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
舞台ただ充満いっぱいの古狐、もっとも奇特きどくは、鼠の油のそれよりも、狐のにおいがぷんといたいた……ものでござって、上手が占めた鼓に劣らず、声が、タンタンと響きました。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつもは俯向うつむいて、底を見るのが、立って、伸上って見送るほど、かさ増して、すすきの葉が瀬を造って、もうこれで充満いっぱいと云うように、川柳が枝を上げて、あぶあぶってた。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、自棄やけに、口惜くやしそうに、もう一つ出した茶碗へ、また充満いっぱいに樽の口をつけた。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
およそちょう四方ばかりの間、扇の地紙じがみのような形に、空にも下にも充満いっぱいの花です。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見上げた破風口はふぐちは峠ほど高し、とぼんと野原へ出たような気がして、えんに添いつつ中土間なかどまを、囲炉裡いろりの前を向うへ通ると、桃桜ももさくらぱっと輝くばかり、五壇ごだん一面の緋毛氈ひもうせん、やがて四畳半を充満いっぱいに雛
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四谷新宿へ突抜けの麹町こうじまちの大通りから三宅坂みやけざか、日比谷、……銀座へ出る……歌舞伎座の前を真直まっすぐに、目的めあて明石町あかしちょうまでと饒舌しゃべってもいい加減の間、町充満いっぱい、屋根一面、上下うえした、左右、縦も横も
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道者衆どうじゃしゅう充満いっぱいで、足踏あしぶみも出来ません処から、かまちへかけさせ申して、帳場の火鉢を差上げましたような次第で、それから貴女様あなたさまがお泊りのはず、立花が来たと伝えくれい、という事でござりまして。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
てまいなぞは見物の方で、おやしろ前は、おなじ夥間なかま充満いっぱいでございました。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これはと思う、右も、左も、前の枝も、何の事はないまるで充満いっぱい
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何とかいったな、あの言種いいぐさは。——宴会前で腹のすいた野原のっぱらでは、見るからにつばを飲まざるを得ない。薄皮で、肉充満いっぱいという白いのが、めかけだろう、妾に違いない。あの、とろりと色気のある工合がよ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かんざしの花がりんとして色が冴えたか気が籠って、きっと、教頭を見向いたが、その目の遣場やりばが無さそうに、向うの壁に充満いっぱいの、おおいなる全世界の地図の、サハラの砂漠の有るあたりを、すずしい瞳がうろうろする。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茶を充満いっぱい吸子きびしょが一所に乗っていた。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)