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魯粛
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ろしゅく
ふりがな文庫
“
魯粛
(
ろしゅく
)” の例文
(自分の亡い後は、
魯粛
(
ろしゅく
)
を大都督として職をお任せあれば、彼は篤実忠良な仁者ですから、外に
過
(
あやま
)
たず、内に人心を獲ましょう)
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「もし
魯粛
(
ろしゅく
)
が、例の問題を持出して、荊州のことを云い出したら、君には、声を放って、お
哭
(
なげ
)
きになられたがよいでしょう」
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
黄蓋と共に、
魯粛
(
ろしゅく
)
も案内に立ち、
粛々
(
しゅくしゅく
)
、中門まで通ってくると、開かれたる
燦碧金襴
(
さんぺききんらん
)
の門扉のかたわらに、黙然、出迎えている一名の重臣があった。
三国志:07 赤壁の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「呉主孫権の名代として、
故
(
こ
)
劉表
(
りゅうひょう
)
の
喪
(
も
)
を
弔
(
とむら
)
うと称し、重臣
魯粛
(
ろしゅく
)
と申される方の船が、いま江頭に着きました」
三国志:07 赤壁の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
龐統はかねて孔明から貰ってある書状もあるし、
魯粛
(
ろしゅく
)
の紹介状を携えていたが、わざとそれを出さなかった。
三国志:08 望蜀の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
▼ もっと見る
そばにいた
魯粛
(
ろしゅく
)
は、周瑜のためにも孔明のためにも惜しんで、後からそっと孔明の仮屋をうかがってみた。
三国志:07 赤壁の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
結局、張昭や
顧雍
(
こよう
)
などの意見も、みなそれに傾いたので、孫権もついに肚をきめて、伊籍からの交渉を全部容認し、ふたたび
魯粛
(
ろしゅく
)
を荊州接収のため現地へ派遣した。
三国志:09 図南の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
むかし
周瑜
(
しゅうゆ
)
は呉の第一の要害は陸口なりとして、守備の大将に
魯粛
(
ろしゅく
)
をえらび、その魯粛はまたご辺を
三国志:10 出師の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
魯粛
(
ろしゅく
)
は、拝伏して、関羽を上賓の席に
請
(
しょう
)
じ、さて、酒をすすめ、
歌妓楽女
(
かぎがくじょ
)
をして、歓待させたが、話になると、眸を伏せた。関羽の眼をどうしても正視できなかった。
三国志:09 図南の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
すると、立派な風采をした武人が供を連れて、
鷹揚
(
おうよう
)
に歩いてきた。
魯粛
(
ろしゅく
)
の訪客だなと思ったので、すこし道をかわしていると、客は周瑜に
会釈
(
えしゃく
)
もせず、威張って通りすぎた。
三国志:06 孔明の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
周瑜
(
しゅうゆ
)
は赤壁に曹操を破ったが不幸早く世を去った。
魯粛
(
ろしゅく
)
も帝王の大略を蔵していたが荊州を取るには到らなかった。けれどこの二人はたしかに予の半生中に会った快傑であった。
三国志:10 出師の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「呉の功臣
魯粛
(
ろしゅく
)
が、病にかかって、過ぐる日、病死いたした由」と、報らせてきた。
三国志:09 図南の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
呉の大才
魯粛
(
ろしゅく
)
を凡人の中から抜いたのは、その
聡
(
そう
)
です。
呂蒙
(
りょもう
)
を士卒から
抜擢
(
ばってき
)
したのはその明です。
于禁
(
うきん
)
をとらえて殺さず、その仁です。荊州を取るに一兵も損ぜなかったのは、その智です。
三国志:10 出師の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
周瑜
(
しゅうゆ
)
は、門の内へはいって、まず主人
魯粛
(
ろしゅく
)
の
為人
(
ひととなり
)
をすぐ想像していた。
三国志:06 孔明の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
「
周瑜
(
しゅうゆ
)
。その
魯粛
(
ろしゅく
)
とやらは一体どこに住んでいるのか」
三国志:06 孔明の巻
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
魯
漢検準1級
部首:⿂
15画
粛
常用漢字
中学
部首:⾀
11画
“魯粛”で始まる語句
魯粛伝
魯粛公