ほと)” の例文
彼と、一緒に歩哨に立っていて、夕方、不意に、胸から血潮をほとばしらして、倒れた男もあった。坂本という姓だった。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
どんと一発……あ!という声、レイモンドはよろよろと倒れ掛ったが、血のほとばしる喉を押えつつ、ルパンの方に身体を廻して、ルパンの足元に倒れた。
鴉は何を叫んで狼をゆる積りか分らぬ。只時ならぬ血潮とまで見えてほとばしりたる酒のしずくの、胸を染めたる恨を晴さでやとルーファスがセント・ジョージに誓えるは事実である。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
肺腑からほとばしり出る叫びだった、みんな蒼白になった面を伏せ、ひきそばめた刀をしずかに下へ置いた。庄三郎は役人たちのほうへ向き直って、まず自分の大剣をさしだしながら云った。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
満身の自負心は鬱勃うつぼつとしてほとばしらんとする。しかし彼は黙然としていた。そして肩に受けた無双の大力に押されて、意気地なくも身体が折れがむまでに押え付けられてしまった。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
お秀の口からほとばしるように出た不審の一句、それも疑惑の星となって、彼女の頭の中ににぶまばたきを見せた。しかしそれらはもう遠い距離に退しりぞいた。少くともさほどにならなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は隠袋の中へ手をぐっとし込んでてのひらいっぱいにそのビー玉をせて見せた。水色だの紫色だのの丸い硝子ガラス玉がほとばしるように往来の真中へ転がり出した時、彼は周章あわててそれを追いかけた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風呂を注文しておいたら、用意ができたと見えて、向うの部屋で、湯のほとばしる音がさかんにする。靴を脱いで、スリッパアをつっかけて、戸を開けに掛ると、まだ廊下に出ないうちに給仕がやって来た。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)