螽蟖きりぎりす)” の例文
六番の美男の東海さんは「螽蟖きりぎりすみたいな、あんな女のどこが好いのだ。おい」と、ぼくの面をしげしげとのぞいてたずねます。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
たけのびた雑草の緑にまじって、萩だの女郎花おみなえしだの桔梗ききょうだのの、秋草の花が咲いている、飛蝗ばった螽蟖きりぎりす馬追うまおいなどが、花や葉を分けて飛びねている。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
素晴らしい小夜鳴鳥ナイチンゲールの唄がはげしく、響き高く、相呼応してわきおこり、それが疲れと、ものうさに声をひそめるかと思ふと、螽蟖きりぎりすの翅を擦る音や
その笑い声が、あまり時ならぬものでしたから、びッくりしたのは、かんたんや螽蟖きりぎりすばかりではありません。野伏かなんぞのように、すすきの根元へ身をかがめていた男が
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冬にシベリヤの風を防ぐために、砂丘の腹は茱萸グミ藪だった。日盛りに、螽蟖きりぎりすが酔いどれていた。頂上から町の方へは、蝉の鳴き泌む松林が頭をゆすぶって流れた。私は茱萸藪の中に佇んでいた。
酒親し燈に来て鳴かぬ螽蟖きりぎりす
その人声も、影も去って、山は元の静寂しじまかえった。どこかで、昼の螽蟖きりぎりすが啼いていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鶉や、のがんや、鴎や、さては、螽蟖きりぎりすなど無数の虫どもが、とりどりの声をあげて鳴き出し、はからずも渾然たる合奏をなして、何れもが束の間も休まうとしない。陽は落ちて地平の彼方に隠れる。