こけ)” の例文
胸傍むなわきの小さなあざ、この青いこけ、そのお米の乳のあたりへはさみが響きそうだったからである。辻町は一礼し、墓に向って、きっといった。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は堂を廻つてゐる高縁に蹲んでこけの上を眺めてゐた。足の裏に板の木目もくめを氣持ちよく感じながら夜の來るのを待つた。山蟻が柱を傳つて登つて來た。
草の中 (旧字旧仮名) / 横光利一(著)
水に近き郷なるこれが枝にはこけの付き易くして、ひとしほのおもむきを増すも嬉し。狭き庭にては高き窓の下、したみのほとり、あるは檐のさきなどの矮き樹。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
また生え乱れる八重むぐらにも手をつけぬままの、荒々しく峨々たる山の急斜面に置かれ、石の土台さえも地衣やこけに被われ、岩の裂目からは美しい羊歯しだの葉がえ出ている。
冷たいかえでの肌を見ていると、ひぜんのようについているこけの模様が美しく見えた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
ひよつと覗き込んだ目と同時に、足が踏み込んだ庭らしい所は、やはり黴くさい、こけらしい物ものつて居らぬ、何となく、醤油くさく味噌くさい、土も赤ちやけ、煤ぼけた地面であつた。
戞々たり 車上の優人 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
姉は間もなく裏の山へ行こうといい出した。二人は山へ来るとこけの上へ足を投げ出して坐った。真下に湖が見えた。錆色さびいろの帆が一点水平線の上にじっとしていた。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)