皇后きさき)” の例文
「ともあれ、皇后きさきやらあまたな女房たちを先に、ここから落すことにせい。……敵とて、よもや女子供に、むざんな所為しょいもいたすまい」
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分達の二番目の恋人が誰だつたかを思ひ出せない人達も、ナポレオンの二番目の皇后きさき墺太利オーストリー帝の皇女わうぢよマリア・ルイザであつたのは知つてゐる筈だ。
○そも/\時平公は大職冠九代の孫照そんせうぜん公の嫡男ちやくなんにて、代々□臣の家柄いへがらなり。しかのみならず延喜帝の皇后きさきあになり。このゆゑに若年にして□臣の貴重きちやうしよくししなり。
皇后きさきが馬のやうに尻つ尾をふつたり、馬が一銭銅貨のやうに平べつたくなつたりしたと思ふと、つい何事も判らなくなつた。王様はやつと寝つく事が出来たのだ。
○そも/\時平公は大職冠九代の孫照そんせうぜん公の嫡男ちやくなんにて、代々□臣の家柄いへがらなり。しかのみならず延喜帝の皇后きさきあになり。このゆゑに若年にして□臣の貴重きちやうしよくししなり。
そしてまた、自身のむすめを、いて皇后きさきにすすめ参らせた。帝も拒むお力はなく、彼の言に従われて、ついに翌春の正月、晴れて曹操の一女は、宮中に入り、皇后の位にいた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝ぐるしい晩で、王様は国の事や、皇后きさきの事や、馬の事やを考へるともなく考へた。
 皇后きさきは時平公の妹なれば内外より讒毒ざんどくを流して若帝わかみかどの御心をうごかし奉りたるなり。
皇后きさきはどこへ隠れたか」と、罵り罵り捜していた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
 皇后きさきは時平公の妹なれば内外より讒毒ざんどくを流して若帝わかみかどの御心をうごかし奉りたるなり。