痲痺しび)” の例文
そうして師匠の慈愛が、自分のほんとうに生きやうとする心のはたらきを一時でも痲痺しびらしてゐた事にあさましい呪ひを持つやうな時さへ來た。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
彼女の心から一刹那いっせつな悲しみの影が消え去った。身も心も痲痺しびれようとした。「死んでもよい」という感情が、人の心へ起こるのは、実にこういう瞬間である。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
圭一郎は濟まない氣持で手紙をくしや/\に丸め、火鉢の中にはふり込んだ。燒け殘りはマッチを摺つて痕形もなく燃やしてしまつた。彼の心は冷たく痲痺しびれ石のやうになつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
私はそれをくと一時ひととき手腕うで痲痺しびれたようになって、そのまま両手に持っていた茶碗ちゃわんと箸を膳の上にゴトリと落した。一と口入れた御飯が、もくし上げて来るようで咽喉のどへ通らなかった。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
法水の超人的な解析力は、今に始まったことではないけれども、瞬間それだけのものを組み上げたかと思うと、馴れきった検事や熊城でさえも、脳天がジインと痲痺しびれゆくような感じがするのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
足が耐へられぬ程痲痺しびれて來た。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
運八はいよいよ激昂げっこうし肩へ掛けた手へ力を入れた。と、その手がにわかに痲痺しびれ不意に老婆が顔を上げた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
で梶子は体中の血が熱く燃えて胸をち、体中の肉がうずき痲痺しびれ、眠るどころではないのであった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
折よく拙者来合わせて、貴殿をお呼びしたればこそ、このように生命いのちがあるものの、迂濶うかつにさわりでもなされたなら、身体痲痺しびれ血凍り彼奴きゃつの餌食となるところでござった
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)